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■2016/06/04 (Sat)
第13章 王の末裔

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 オークは母を避難民達の中から引き出すと、自分たちが滞在する家へと招き入れた。隙間風の入らない暖かい部屋に、栄養ある食事。それは今の貧しい暮らしの中では、最上のもてなしであった。
 オークは自分の忠臣達に母を引き会わせた。忠臣達は母子の感動的な再会に涙ぐんでいた。

老女
「すまないね、こんなによくしてくれて……」
オーク
「当然です」
老女
「こんなに立派になって。もう父さんよりも強くなってしまったね」

 老女は改めて息子の姿を見て、涙を浮かべた。

オーク
「……母上。話してください。あれからいったい何が起きたのか……」
老女
「再びネフィリムが攻めてきたんだよ」




 村に再び暗雲が垂れ込んできた。ネフィリムの集団が再び攻めてきた。
 ただし、筆頭に立っていた魔物は、今までに見たことのない姿をしていた。それは、かつてオークが対峙したベルゼブブだった。
 指揮する者のない村はあっという間に壊走し、人々は村を捨てて去ってしまった……。




オーク
「村の人達は……」
老女
「みんな殺されて、バラバラになって……。みんなの行方はよくわからない。私は親戚の何人かとあてのない旅をしながら、方々を巡り、同じように村を滅ぼされた人達と巡り合って、そのうちにこの村の存在を知ったのです。ここなら、兵隊が私たちを守ってくれる……と」

 老女の話は終わった。
 ひどく重々しい空気で、人々は押し黙った。囲炉裏なかで静かに爆ぜる音だけが残った。

アステリクス
「おそらくガラティアの方々で起きたことでありましょう。クロースの神官がやってくるのに呼応して、ネフィリムが勢力を増大させていました。我らの土地をネフィリムや悪魔達が次々と破壊し、その後、クロースが領地を奪い取る……。まるで示し合っているようです」
イーヴォール
「偶然ではないだろう。ネフィリムはクロースの訪問を予感して、準備を整えていたようにも感じられる。クロースの連中は世界支配のために、我々を根絶やしにするつもりだ。彼らから見ると、我々は北方を支配する邪教らしいからな。奴らにとっては悪魔を再び従えられて、一石二鳥というわけだ」
オーク
「正気ではありません。しかし、再び……とは?」
イーヴォール
「もともと悪魔は天使と呼ばれる者の眷属だった。しかし力を行使する御使いは、彼らの宗教世界にそぐわない。だから天使の中から悪魔が分離された。そして、悪魔がすることは自分たちの預かり知らぬものとした」
アステリクス
「連中の言う天使というものには、両面がありませんな。聖と邪という」
イーヴォール
「クロースの頭には片方しか存在しない。自分たちだけは正しい。潔白だ。クロースは自分たちの行動の中に、天使という一面だけを見ている。歪んだ連中だ」
オーク
「……宗教的な議論はたくさんです。――それよりも母上。こんな時ですが、ずっと気になっていた話があります」
老女
「私もずっとお前に話さねばならないと思っていた話があります」
オーク
「……あの時、別れ際に話そうとしていたことですね」

 老女が頷いた。

老女
「――ええ。お前はね、よくお聞き、私の腹から生まれた子供じゃないんだよ」
オーク
「…………」

 思いがけない告白に、誰もが無言で互いの顔を見合わせていた。

老女
「――25年前、私は腹に子供を宿しておりました。でも病気をして、4ヶ月もしないうちに流してしまった。私はひどく落ち込んで、病気も重くなり、夫も居づらく感じたらしく、やがて狩りに出たまま、何日も戻らない日々が続きました。そんなある日のこと……」




 草原に、子供の泣き声が落ちていた。
 狩人は驚いて辺りを見回した。
 辺りには民家の影もなければ、人の影もない。そんな中に、子供の泣き声だけが木霊していた。
 果たして妖精か魔物の類か――。狩人は警戒していたが、子供の泣き声に引き寄せられるように草原の中を進んだ。
 すると草むらの中に、子供が1人、落ちていた。生まれて間もない子供だった。
 ……俺の子だ。
 狩人は子供を拾い上げた。
 その時、頭上で物音がした。頭を上げた。すると雲の一切れが風に逆らって進み、蹄の音をかき鳴らしていた……。




老女
「……それは取りかえっ子が落としていった子供だった。夫はその子供を連れて帰り、私にこう言った。――この子を我が子にしよう。お前の子は流れたのではない。こうして生まれてきたのだ――と。ちょうど私が出産するはずだった日に拾われた子供。私も自分の子供であるような気がして、大事に育てました。すると体の具合はよくなって、乳も出るようになって、子供は驚くほど健やかに育った。村のみんなは拾われてきた子供だと知っていたけど、皆で黙っているよう決めました。でも私は、年を追うごとに後ろめたさを感じるようになっていました。あなたがあまりにも立派で、美しい少年に育ちましたから。こんな辺境の里で生まれた子供ではなく、どこか尊い家の子供だと、私は予感しました。いつか本当を話して、この子とお別れをしなければならないと、思っていました……」

 長い話が終わった。

オーク
「……よく話してくれました」
老女
「ごめんね、オーク」
オーク
「いいえ。ミルディと呼んでください。私にとっては、やはりあなたが母親です」

 老女は言葉なく頷き、息子の肩に頭を押し当てた。老いた母は、ひどく涙もろくなっていた。
 その後で、ソフィーが前に進み出た。

ソフィー
「……これで全てがはっきりしました。私も、今の今まで疑問を感じていました。オーク様、私と初めて出会った森でのできごとをまだ覚えていますか。あなたは魔物に名前を奪われて旅をしていました。しかしあなた自身、名前を喪失したという感じはなかったと思います。なぜなら、あなたは名前を失っていなかったから。“真理”を持つ私には、はじめからあなたの体内に、“オーク”という名前が見えていたのです。しかし私自身“真理”を持つ者である事実は隠さねばなりませんでした。何かしらの事情があると考えた私は、儀式を執り行う振りをして、あなたの中にもともとあった、本来のあなたの名前を教えたのです」
オーク
「私は、名前を奪われていなかった……」
ソフィー
「ええ。本当ならば、名前を奪われてしまうと、その直後から存在が薄く引き延ばされていくようになってしまいます。あの時、すでに何日も過ぎていたのに、そのようにならなかったでしょう。それはそもそも名前を奪われていなかったからです。……あの、ずっと欺いてきたことをお許しください。事情の全てがわからぬうちは、軽々に話すべきではないと判断していました。ですが、今はむしろ真実を明かす時です。あなたの名前はオーク。ヴォーティガンの子、セシル王の弟、そしてこの国を治めるべき男です」

 ソフィーはそう言って、オークの前で膝を着いた。
 忠臣達もそれぞれの確信を胸に抱いて、膝を着いた。

イーヴォール
「なるほど。男は盲いたオイディプスというわけか。道は開かれた。そなたこそ最後の王統。ダーンウィンが選ぶべき王だったのだ」
オーク
「…………」

 忠臣達が畏敬の念を抱きながら、オークに頭を垂れていた。
 しかしオーク自身は、困惑を浮かべていた。

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