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■2016/05/30 (Mon)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
17
ツグミはテーブルの上に並べられた2枚の絵を、身を乗り出して見比べた。一方は目も当てられない下手な絵だった。ツグミの絵は破綻しきって、落書きを通り越してシュールレアリスムの領域だった。恥ずかしいからあまり見たくなかった。
一見すると、同じ絵だとはとても思えない。しかし確かによくよく見比べてみると、位置関係に一切の変更が加えられていない。
光太は、ツグミの絵に「そこにあるべきもの」を描き足しただけだった。ツグミがぐちゃぐちゃにしてしまった線を、はっきりとわかるように整理しただけだった。
ツグミはまだ納得ができなかった。頭の中の配線が繋がらなかった。
「ツグミ、アンタ、記憶力は良かったやろ。1回図版で見た絵とか、完璧に覚えられるんちゃう?」
ヒナがツグミに確認するように問いかける。
「うん。憶えらるといえば、憶えられるけど……」
ツグミは自信がなく、声を引っ込ませた。
ツグミは自身の記憶力を、まあまあ普通だと思っていた。学校のテストで言うほどいい点数を取った例しがない。もっとも、テスト前に勉強なんてほとんどやらないのだけど。
それに、実際に見た絵を完璧に近い精度で記憶できるとしても、それを証明する方法はない。ツグミの頭の中の問題で終わっているからだ。
「叔父さん、これってやっぱり……」
「うん。そうやろうな。直感像記憶(※1)や」
光太が重々しく頷いた。
「何の話してるん? 私、そんなん違うよ。スティーブン・ウォルシャー(※2)みたいなの、絶対に描けないから」
スティーブン・ウォルシャーは特殊な記憶力を持った画家として知られる。ウォルシャーは一瞬でも風景を目にすれば、完璧に記憶し、その後、いつでも紙の上に再現できる能力を持っていた。
「これは技術の問題や。技術だけの問題や。ツグミ、狙ったところに線引けへんやろ。それは普段から絵を描かんからや。普段どれだけ絵を描くか。10歳にもなれば、一生追いつけんくらいの技術の差ができてしまうんや」
光太が説得でもするように言った。
「ツグミはあまり絵を描かんかったやろ。観るほうばっかりやったから。だから手が慣れてへんのや。思ったところに線が引けない。頭に浮かんだ線を、指先に伝える訓練ができてへんからや」
ヒナが光太の説明を、補強して引き継ぐ。
ツグミは茫然となってしまった。「私のこと?」と他人事のように思えてしまった。
「ツグミ。今回の事件が終わったら、俺が稽古つけたるわ。ツグミには素質がある。ちょっとやってみんか」
光太はツグミに決断を迫るように、誘いかけた。
「……はあ。わかりました」
ツグミはまだ他人事みたいな気持ちで、頷いた。そう言われても、ツグミ自身が強力に持っている「私は絵が下手だ」という認識を、そうそう簡単に崩せるものではなかった。
※1 直感像記憶 一度見たものを、写真や映像のように記憶できる能力のこと。「映像記憶」や「写真記憶」とも言う。
※2 スティーブン・ウォルシャー 1974年生まれ。直感像記憶の才能を持った風景画家。幼い頃は発達障害と診断され、直感像記憶の能力はサヴァン症候群の1つではないかと推測される。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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