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■2016/08/06 (Sat)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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31
病室に沈黙が訪れた。重い雰囲気だった。「……それにしても、残念ですよね。せっかく見付けた『合奏』だったのに、あんなふうになってしまったなんて」
木野が呟くように口にした。場の雰囲気に耐えかねて、無理に話題を変えようとした感じだった。
ツグミは首を木野に戻した。木野の表情を見て、「ああ、そうか」とようやく思い出した。
「あの『合奏』は贋作ですよ」
ツグミはあまり関心を払わず、淡々と報告した。
木野が「へぇ」と声を漏らしかけて、それからびっくりした感じで身を乗り出した。
「本当ですか! じゃあ、本物はいったい……」
ツグミは、ゆるく首を振った。
「わからないです。あそこにあった6枚は、6枚とも贋作です。だから私もはじめ、混乱したんです。「この中に本物がある」って言われましたから。でも冷静になってじっと見詰めていると、全部贋作だと気付きました。全て川村さんの模写です」
ツグミは言葉に感情がこもらなかった。まだ、気持ちは別のところにあった。
ツグミ自身、本物の『合奏』がどこにあるのか、見当も付かなかった。最初から本物なんてなかったのだ、とさえ考えていた。
何もかも、川村が仕組んだ事件だった。廃墟でのあのやりとりは、川村が演出したものだった。宮川はものの見事に川村に踊らされていただけだったのだ。
宮川は、きっと最後まで自分が演出家だと思っていただろう。しかし川村の才能の前では、宮川などただの狂言回しに過ぎない。ツグミは、最後の最後で川村の演出意図に気付いて、進んで自分の役柄を演じた。
すなわち、あそこにある1枚を、「本物だ」と言って指を差すこと。それが川村がツグミに期待した役割だった。
木野はそれ以上の質問をしなかった。多分、木野は混乱しているのだろう。木野にしてみれば、川村は存在自体が怪しいわけだし、川村が仕組んだ舞台なんて、まるで理解できないだろう。
ツグミはもう一度、窓の外に目を向けた。ちょうど朝日が、登り始めた頃だった。赤い光がビル群の背後に浮かんだ。
神戸の街は、急速に色彩を取り戻し始めていた。真っ黒だった建物が、細かなディテールを浮かべ始める。
ツグミは、闇が太陽の光に剥がれ落ちていくように見えた。唐突に、ツグミの脳裏に、デューラーの板画が浮かんだ。新山寺で聞いた、川村の言葉が頭の中で反響した。贋作の下に、真画が現れる映像が現れた。
……そうか。そうだったんだ。
「木野さん! 今すぐ、私の家まで連れて行ってください!」
ツグミは飛び上がりたい気持ちで、木野を振り返った。知らないうちに、木野の手を強く掴んでしまっていた。
「な、なぜですか」
木野は困惑したみたいな顔をした。
木野の困惑は当然だ。ツグミは頭の中に色んなものが噴き上がっていて、うまく整理して説明できそうになかった。
「とにかく、連れて行ってください。『合奏』の本物がどこにあるのか、やっと今わかったんです!」
ツグミは回りの迷惑を考えず、大声で捲し立てた。木野もこわばった顔のまま、理解して頷いた。
ツグミはベッドの脇に置かれた杖を手に取った。木野に補助してもらって、ベッドから降りた。
「ヒナお姉ちゃんも一緒に来て。私じゃできないから」
「うん。わかった」
ヒナは了解すると、すぐにベッドから降りてくれた。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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