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■2016/08/02 (Tue)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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29
ツグミの意識が、ぼんやりと戻ってきた。目の前に天井があった。辺りは暗く、色彩のないブルーが漂っていた。薬品の臭いをきつく感じた。病院のベッドだ、とツグミは理解した。過去に入院経験があるから、すぐにわかった。神戸大学病院の天井だ。
ツグミは目はパッチリとしているのに、体がぼんやりしていた。心と体が、バラバラに目を覚ましたみたいだった。
ツグミは右隣のベッドに目を向けた。ヒナが眠っていた。顔の左半分に、包帯が巻かれていた。必要な処置は、ちゃんと施された後のようだった。
ヒナは静かに寝息を立てていた。ツグミは、ホッとした。ヒナの右顔半分は、美しいままだった。顔の左半分も、これなら治りそうだと希望が持てた。
ようやく、人の話し声に気付いた。顔を上げると病室のドアの側に、弱いオレンジの照明が点いていた。オレンジの照明の中に人がいて、ひそひそと会話していた。
背中を向けている女は、木野だ。病室にやってきている刑事から、色々と報告を受けているらしい。
しばらくして会話は終わった。刑事は軽い挨拶をして去り、木野がツグミを振り返る。木野はツグミがじっと見ているのに気付いて、あっと驚いたような顔をした。
「ごめんなさい。私の話し声で起きちゃいましたか」
木野は軽く苦笑いを浮かべた。木野はベッドの右側に置かれたスツールに座った。
木野の印象は、別れる前と何も変わっていない。警察官らしいものを感じない。ちょっとイモ臭い町の娘という感じ。ツグミは安心するような気がして、微笑を浮かべた。
「木野さん、ごめんなさい。何も言わず勝手な行動をして。でも、どうやって私の居場所がわかったんですか」
ツグミは木野に、申し訳ない気持ちになった。それから疑問が沸き起こった。どうして、あんなにタイミング良く警察が大挙して飛び出してきたのか、わからなかった。
これを聞かれると、木野は得意げな顔をして笑った。
「ツグミさん、バッグをお借りしますよ」
木野はベッド脇に置かれた棚に、目を向けた。そこに、ツグミのバッグが置かれている。
ツグミは上体を起こした。木野がツグミの背中に、枕を当ててくれた。
木野はバッグを手に取ると、サイドポケットのチャックを開けて、その中を探った。それからもったい付けるように、ゆっくりとそれを引っ張り出した。プラスチック製の、黒くて小さな長方形の形をしたものだった。ちょっと見ると、メモリースティックのように見えた。
ツグミは何となくそれが何なのか察して、「ああ……」と溜め息を漏らした。
「発信器です。音声もバッチリ拾える優秀な品ですよ。ツグミさんがどこに行って、何をしていたか、みんなこちらでチェックしていましたよ」
木野は得意になりすぎて、ニヤニヤと笑っていた。
ツグミは、すぐに思い当たった。あの日の朝だ。ツグミが高田と木野と別れようとした朝、木野は異様にツグミのバッグに興味を示した。あの時に発信器を仕込まれたのだ。
「木野さん私がいなくなるって、わかっていたんですか?」
ツグミはまだ驚きが消えなかった。
「ええ。掛橋かな恵さんが来た時から、様子がおかしいのはわかっていましたから。岡田さんと話している時、ツグミさん筆談していたでしょう? あからさまなので、すぐにわかりましたよ。それで、ツグミさんが何をするか予想したんです」
もちろん盗聴の件に関して、令状は発行されていた。
ツグミは頭を抱えたい気持ちになってしまった。結局、警察の掌で踊っていただけだった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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