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■2016/06/07 (Tue)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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1
車が大きく揺さぶられるのに、ツグミはゆっくり目を開けた。目を開けると、突然、鉄の塊が飛びついてきた。
「きゃっ!」
ツグミは小さく悲鳴を漏らして、また目を閉じた。顔を背けて、体を強張らせる。
「おっはよう、ツグミ。これから船に乗りますよ」
横でヒナが気楽そうな声を掛けてきた。
ツグミはおそるおそる目を開けて、周囲を見回した。どうやらダイハツ・ムーブが船に乗り込むところだったらしい。鉄塊に見えたのは、スロープ手前に置かれた、ゲートだった。
ダイハツ・ムーブはがたがたと車体を揺らしながら、スロープから船の上へと移る。
ツグミは座席を起こして、アシスト・グリップを掴んだ。そうしながら、ダッシュボードの上に置かれた時計に目を向けた。昼に近い。11時だった。寝過ぎた、とツグミは反省した。
ダイハツ・ムーブは車両デッキへと入っていった。車両デッキはトラックも格納可能だから、そこそこの広さはあった。窓が少なく薄暗い印象だった。
ダイハツ・ムーブの前にも後ろにも車が続いた。係員の指示に従って、奥の方から並んで停車した。
車両デッキの中に入ると、照明が満遍なく空間を照らしているけど、闇が深くて薄暗い印象だった。床の緑が異様にくっきりと浮かぶ。
閉じた空間の中で、車のエンジン音が何重にも響いて重なる。さらに別の車がスロープを越える騒音も、飛びついてきた。
ヒナはダイハツ・ムーブのエンジンを切った。車の整理は間もなく終わったようだった。車両デッキ内に木霊していた騒音は、間もなく収まる。
ツグミは周りの状況を見ようと思って、振り返った。
車両デッキの中はダイハツ・ムーブを入れて車が5台。どれも一般車で、トラックは入ってきていない。空きスペースが随分あった。
後方のハッチが閉じられた。光が遮られて、車両デッキが密閉状態になる。外からの唯一の光が失われて、デッキ内は昼なのか夜なのかわからない薄暗さが包んだ。
「間もなく、出発します」
船内放送が車両デッキに響いた。声があまりにも低く、しかも何重にも反響するので、聞き取りづらかった。
ツグミはダイハツ・ムーブが停止した後も、体に波の揺れを感じていた。それがゆっくり移動する感じに変わった。フェリーが海岸から離れたらしい。いよいよ出発だ。
外の風景は見えないけど、船が波に揺さぶられながらゆっくりと岸を離れていくところだろう。船の底の方で、ざざざと波を切る音が聞こえてきた。
ツグミはシートベルトを外し車を降りようとしたが、ヒナが車を降りる様子がなかった。ヒナは少し緊張する顔で、フロントミラーをいじっていた。周囲の車から降りる人達を、観察しているようだった。
ツグミもヒナに倣って、窓の外の様子を見回した。車両デッキの中はしばらく慌ただしかった。みんな車を降りて、客船への階段を登っていく。
※ Art Loss Register アート・ロス・レジスター。1991年に設立された営利団体で、盗難美術品のデータベースを運営している。もともとはニューヨークに本拠を置く、非営利団体IFRAが1976年に作成した盗難美術品のアーカイブを元にしている。アート・ロス・レジスターは盗難美術に関する情報を収集し、また贋作や詐欺被害に対する啓蒙活動も行っている。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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