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■2016/06/11 (Sat)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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3
やがてサンドイッチも食べ終わった。ツグミはパックのいちごジュースをストローで啜りながら、窓の外の風景を眺めていた。四国はまだまだ先のようだ。ふと、ヒナがツグミにもたれかかってきた。驚いて振り返ると、ヒナが静かな寝息を立てていた。
そうだった、ヒナはずっと眠っていないんだった。ツグミは、畳んで置いていたコートをヒナの体にそっと被せる。
そのまま、しばらく1人きりの時間を過ごした。いちごジュースは間もなくなくなってしまう。いちご味への名残惜しさとささやかな満足を得て、溜め息を漏らした。
退屈だな……。
ツグミは足をぱたぱたさせながら、そう思った。閉鎖された船の中、周囲の風景に変化があるわけがない。あまりにも退屈で、落ち着かないような気分になってしまった。
静かな波の音に包まれていた。ひそやかな対話の声が、波の音に混じりながら聞こえてくる。次第に眠いような気持ちになってしまった。ツグミもソファに深く体を預けて、波の揺らぎに気持ちを委ねた。
そうすると、不意にあの日の夕暮れの光景が頭に浮かんだ。ツグミが最後に川村に会ったあの夕暮れだ。
私はあの時、確かに鍵を掛けて出かけたはず……。
その少し手前の、鍵を掛ける自分の手元が、頭に浮かんだ。
しかし鍵は開いていた。
ツグミは暖簾を掻き分けて画廊に入る。そこには誰もいない。ひっそりと影を落とす画廊の中に、絵が一枚、立てかけているだけだった。
別の光景が浮かんだ。同じ日の夜、ツグミがお風呂を上がって部屋に戻ろうとしていた時だ。書斎を通り過ぎようとすると、足下に光が漏れ落ちているのに気付いた。
コルリが何かしているのだろう。そう思ってツグミはドアを開けた。
コルリは確かに書斎の中にいた。コルリはパソコンで何か作業をしているようだった。部屋の明かりはスタンドの照明だけで、机の周囲だけが仄暗く浮かんでいた。
ツグミが声を掛けようとすると、コルリはびっくりしたような声を上げた。
「どうしたの?」
ツグミは釣られてびっくりした声を上げた。
「な、なんでもないから。ツグミはもう寝なさい。私はまだもうちょっと忙しいから」
コルリは取り繕うように微笑んだ。言外に、今は干渉して欲しくない、という気配を出していた。
ツグミは不審なものを感じながら、しかしこういう時はそっとしておこうと思っていたから、すぐに引っ込もうとした。ドアを閉じて去ろうとした時、コルリの机に少年アイドルの雑誌が置かれているのに気付いた。
ツグミの意識がフェリーに戻ってきた。ツグミはポケットに入れていた、川村の写真を引っ張り出した。川村は撮影された瞬間のまま、動きを止めていた。
「……あなたは、誰なの?」
ぽつりと口にする。
すると、奇妙なできごとが起きた。川村の写真がばらばらに崩れた。目、鼻、頬、口、顎、全てがばらばらに崩れ始めた。
ツグミは急に呼吸が苦しくなった。体が冷たい。悲鳴を上げたかったけど、声が出なかった。それ以前に、体が金縛りに遭ったように動かなかった。
「あなたは……誰なの?」
側で囁くような声がした。ヒナの声ではなかった。ヒナのほうから聞こえたのに、明らかにヒナの声ではない、重い老婆の声だった。
ツグミははっと振り返った。するとヒナの顔が……いや頭が消失していた。首のところで、綺麗に切り取られていた。
ツグミは今度こそ思いきり悲鳴を上げようとした。しかし声にならなかった。まるで水の中を沈んでいるようだった。口を大きく開き、ただただ喘ぎ声を漏らしていた。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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