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■2016/06/15 (Wed)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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5
客船にいた人々が車両デッキに降りてきた。そろそろ高松港に到着らしい。「間もなく、高松港に到着です」
船内放送が車両デッキに響いた。相変わらず声が低い上に、二重三重に響いて、聞き取りづらかった。
船の移動感が変わった。波に委ねるように、ゆったりと船体が上下する。船が速度を落として、岸壁に近付いているのだろう。
ヒナはフロントミラーを元に戻した。周りの人達はみんな車の中にいる。ハッチが開くのを待っていた。
前方のハッチが開いた。船の外は暗く、ハッチが開くとザァと激しい雨の音が飛び込んできた。すでに土砂降りの雨だった。
係員の指示に従って、車が一台ずつ車両デッキから出て行く。ダイハツ・ムーブは4番目だった。
ツグミは手袋を填めて、アシスト・グリップを掴み、揺れに備えた。
順番が回ってきて、ヒナはダイハツ・ムーブを発信させた。車両デッキを後にして、ゆっくりスロープを降りていく。
フェリーを下りると、そこが車両待機場になっていた。これからフェリーに乗り込もうとする車が、列を作って待ち構えていた。
フェリーを後にした車は、連なりながら進んで車道に出て行く。ヒナは、あえて列から車両待機状に入っていった。
ヒナはリア・ウインドウを振り返った。リア・ウインドウを見ながら、ゆっくりとダイハツ・ムーブを左に移動させる。
ツグミはすぐにヒナの意図を理解して、シートベルトを外して体ごとリア・ウインドウを振り返った。
ヒナは無言でツグミに役目を譲って、ダイハツ・ムーブの運転に集中した。
車両待機場は雨の量が多く、いくつもの水溜まりができていた。激しい雨で、風景が霞みはじめている。
ツグミはリア・ウインドウをじっと見詰めた。岸壁の風景がゆっくりと移動していく。
「ここ! 停まって!」
ツグミは「ぴたりと来た」と思った場所で、声を上げた。
ヒナがダイハツ・ムーブを停止させて、体ごとリア・ウインドウを振り返った。
リア・ウインドウをフレームに、高松港の風景が絵画のように納まっていた。左に桟橋があり、右にフェリーが波に揺れている。
川村の絵と、ぴたりと一致した。フェリーが違う種類だったけど、雨が降っている光景といい、まさにここだった。川村の絵は、“この場所”で描かれたのだ。
ツグミはヒナとハイタッチした。ヒナの顔に高揚感が浮かんでいた。川村に1歩近付いたのだ。
ヒナはダイハツ・ムーブを進ませて、車道の前まで進んだ。右のウインカー・ランプを点滅させて、しばしその場で停まった。
「どこに行けばいいん?」
ツグミはヒナに訊ねた。川村が船の絵を描いた場所ははっきりした。だが居場所がわかったわけではない。次の行き先がわかったわけではない。
ヒナも答えが見つからず、考えるふうにした。
「……そうやね。とりあえず、この辺一周してみようか。ツグミ、通りのほう見とってくれる?」
「うん、わかった」
ダイハツ・ムーブが車道に出た。右に曲がって真っ直ぐな道を進む。雨粒が音を立てながらフロントガラスを叩いていた。ヒナがワイパーを動かす。雨が左右に押し分けられる。
6車線の広い通りだった。道路に沿って、常緑樹が植えられている。右手には灰色に揺れる海が見えた。左手には、高松城の石垣が連なっているのが見えた。
歩道も幅が広い。雨のせいか人の影は少なかった。傘を差した人が歩いているのがぽつぽつと見えたけど、その中に川村の姿はなかった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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