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■2016/02/06 (Sat)
創作小説■
第5章 Art Crime
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36
ツグミは廊下に出て、手摺りを掴んで階段を降りた。頭の中に、色んな考えが駆け巡っていた。やっぱり正直に言って、謝ろう。謝らなくちゃ。
でも、何となく怖い。黙って、コルリ自身から言い出すのを待つべきだろうか。いや、もう見ちゃったから、嘘はつけない。ちゃんと話して謝った上で、詳しく聞こう。
頭の中で、別の自分と議論しているみたいだった。
ちょうど1階に降りたところで、パタッと音がした。画廊の、ガラス戸が閉じる音だ、と思った。
コルリが帰って来たのだろうか。
ツグミは廊下を横切って、画廊の前までやって来た。
画廊は真っ暗だった。台所の明かりを背中にして、床にツグミの影が落ちていた。
画廊に、人の気配はないように思えた。ひどく気味悪く感じる沈黙がそこに佇んでいた。
「ルリお姉ちゃん、帰っとん?」
ツグミは画廊の中を見回して、喉の奥に引っ込みかける声で呼びかけた。正直、怖かった。コルリが悪戯で隠れている、そんなオチを期待した。
でも、画廊にはそもそも隠れられるような場所はない。壁に3枚の絵が掛けられ、テーブルが1つ置かれているだけだった。身を隠そうと思えば、天井に張り付くしかない。
気のせいだったのだろうか、と台所を振り向こうとした。
その時、画廊に何かあるのに気付いた。
ガラス戸のすぐ下、暗闇に紛れるように、カメラが1つ置かれていた。コルリ愛用のEOSだった。
そのEOSのディスプレイが、僅かに色を浮かべていた。目線を合わせたその時、バックライトがオフになった。それで気付いたのだ。
今は赤ランプが1つ点いているだけで、画廊の暗闇に同化しかけていた。
ツグミは靴を履いて、画廊に入った。
慎重に辺りを見回しながら、闇の中を進んで行った。自分の家なのに、知らないどこかを這い進んでいるような緊張感があった。
ツグミはEOSの前まで行き、カメラを拾い上げた。手に持つと、意外に大振りで、ずっしりとした重さがあった。コルリは毎日、こんなものを持ち歩いているのか、と感心した。
ディスプレイを覗き込んだが、もう暗くなっていて、よく見えなかった。
ツグミはEOSのコンソールを探ってみた。使い方がよくわからない。適当に押すと、偶然にもバックライトがオンになった。
思わず、ぎょっとした。
ディスプレイ一杯に、顔面が映っていた。顔に痛々しく殴られた跡がくっきり浮かび、顎の形が歪んでいた。
気持ち悪い写真だった。絶対にコルリのセンスではない。コルリは自分の美意識にかなりのプライドを持っている。だから、冗談でもこんな写真は撮らない。
ツグミは、EOSの電源を切ろうとコンソールを探った。
しかし、間もなくはっとした。
コルリ自身の顔だ、と気付いた。あまりにも醜く見えたので、すぐにはわからなかった。コルリが何者かに殴られて、押さえつけられて、その場面を撮られたのだ。
日付を確認した。たった今。3分前だった。
ツグミは頭から力を失うのを感じた。手から杖が滑り落ちて、慌てて壁に手をつく。
他に何か写っていないだろうか。カーソルの右を押した。
すると、宮川大河の顔が現れた。カメラの前で、不気味な微笑を浮かべ、おどけるように手を振っていた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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