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■2016/02/05 (Fri)
創作小説■
第9章 暗転
前回を読む
5
見張りの兵士が任務を怠って、座り込んだままの姿勢でうつらうつらとさせていた。冷たい風が頬を撫でていく。まるで何かに触れられるような冷たさに、兵士はぼんやりと意識を取り戻しかける。
薄く目を開けると、奇妙な心地に捕らわれた。
冷たい風が辺りを巡っていた。そのくせ、妙に静かだった。
次に、訳のわからない動揺が心臓を掴んだ。兵士は辺りを見回し、仲間を探した。一緒に任務に当たっていたはずの兵士がいない。
ここはどこだ。みんなどこへ行った。
動揺が全身を捉えた。だが水の中に放り込まれたように、もどかしく体が重かった。
そこに、何かが現れた。
生者ではなかった。髑髏の頭に、ボロを身にまとっていた。首に様々な宝石をちりばめた首飾りをかけていた。骨だけになった指にも、指輪がつけられていた。右手には、恐ろしく大きな鎌が握られている。
紛れもなく、死神であった。
死神
「イーヴォール……イーヴォール……」
見張り兵士
「ち、違う。……そ、そそんな名前の女……知らない……」
兵士は恐怖に囚われて、言葉がうまく出なかった。
死神がはっと兵士を振り返った。暗い髑髏の眼球に、赤く光るものがあった。
死神
「ならば……お前のをよこせ。お前の魂……よこせ」
死の使者が兵士に手を伸ばしてきた。
◇
見張り兵士
「ぎゃあああ!」
兵士が悲鳴を上げた。眠っていた兵士達が慌てて飛び起きた。武器を手に殺到する。敵襲か!
だが駆けつけてみると、見張り兵士の他に何もいない。
オーク
「何事か!」
オークも剣を抜いて飛びついてきていた。
兵士
「なんだ何もいないじゃないか」
兵士
「こいつ、寝ぼけていたな」
集まってきた兵士は、拍子抜けな気分になって、戻っていった。
見張り兵士
「……あ、……あ、……化け……化けもの……」
見張り兵士は恐怖に囚われた声で、オークに縋り付いた。
ソフィーもやってきた。
ソフィー
「何がありました?」
見張り兵士
「……ソフィー様。助けて。死の使いが現れた。俺、連れて行かれるんですか?」
兵士
「どうせ夢でも見てたんだろ。ちゃんと仕事しろ!」
見張り兵士
「違う! 本当に見たんだ。そこに、不気味なやつが……」
ソフィー
「疑いません。私も気配を感じていました」
オーク
「どんな姿をしていたか、覚えていますか?」
兵士
「ああ。骸骨の頭をしていて……不気味な声で……イーヴォールという女の名前を呼んでいた」
オーク
「…………。少し警戒を強めましょう。何かいるようです」
オークが兵士達に指示を出す。ソフィーが兵士に魔除けの祝福をかけた。
オークとソフィーは、しばらく2人で周囲を歩いた。
ソフィー
「きっと迷える魂を求めていたのでしょう。でも見付からななくて、彷徨っているのだわ」
オーク
「死神はイーヴォールという名の者を探していたようです。心当たりはありますか?」
ソフィー
「いいえ」
オーク
「私もです」
ゼイン
「オーク殿、お忘れかな。イーヴォールという名はケール・イズ伝説に登場する魔術師の名であるぞ」
テントに近付くと、ゼインが声をかけた。
オーク
「……そうでした。なぜ忘れていたのでしょう」
ゼイン
「わしも疑問なんじゃよ。前から不思議に思って、イーヴォールという名前について調べてみたが、……ケール・イズ伝説は誰もが知っておるのに、重要な登場人物の名前であるイーヴォールを誰も記憶しておらんのだ。子供達に語って聞かせている時には出てくるのだけど、後で思い出そうとすると、どうしても思い出せん。物語を聞いたばかりの子供に訊ねてみても、霞みが掛かったように、そこだけぼんやりしておる。語り手に、「今の魔法使いの名前は何ですか」と訊ねても出てこない。なのに、ケール・イズ伝説を語り始めたその時にはイーヴォールの名前は出てくる」
オーク
「奇妙ですね。今はこの通りイーヴォールの名前を覚えているけど、明日の朝には……」
ゼイン
「夜明けとともに忘れておるじゃろう」
オーク
「それはなぜですか」
ゼイン
「わからん。だが1つ思うんじゃがな……。イーヴォールはまだ死んでおらんのじゃないかな。名前を隠して死神を欺き、まだ生きておるんじゃないかな」
オーク
「まさか。千年も前の話です。ケール・イズの時代から彷徨い続けていると?」
ゼイン
「ソフィー殿はどう思われるかな」
ソフィー
「え! 私ですか? え、えっと……。わかりません」
ずっと考え事をするようにうつむいていたソフィーだが、急に声をかけられて、驚いたような声を上げた。
ゼイン
「そろそろお休みになったほうがよろしいかな。我々も眠ろう」
オーク
「そうですね。明日も旅は続きます」
次回を読む
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