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■2016/02/10 (Wed)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
2
振り返ると、いつの間にか搬入用トラックが消えていた。そうするとコンビニに漂っていた慌ただしさが消えて、妙にしんとした静けさが辺りに広がるような気がした。コンビニの店員も客の姿も見当たらない。静かな風が、ひゅうと足下から忍び寄ってくるのを感じた。
日常の世界から、また再び非日常に引っ張り戻されたみたいだった。そんな中に1人きりで取り残されたみたいに思えて、ひどく心細く思えた。煌々と輝くコンビニの明かりが、どこかしら歪んでいるように思えた。
それに寒かった。トレーナーの下は下着だけ。興奮が去ったせいか、汗をかいていたからか、冷たさが急に背中から掴んでくるように思えた。
ツグミは電話機の上に置いたEOSを取り戻すと、自分を抱くようにして、辺りをきょろきょろと見回す。体が震える。息が白く固まった。
ちょっとだけ家に戻ろうかな……。寒いし、よくよく考えたらこんな格好で人に会いたくなかった。せめて上からコートを羽織るなりして、プライベートを隠せるような格好をしたかった。
そう思っていると、どこかでサイレンの音がした。サイレンの音はすぐに近くまでやってきて、次に真っ暗闇の中に赤く瞬く物が現れた。パトカーの警光灯だ。
コンビニの駐車場に入ってきたのは、ブラックのセダンだ。一見すると普通の車に見えたけど、ルーフに警光灯を乗せていた。
覆面パトカーと呼ばれるやつだろうか。ツグミはちょっと警戒するつもりで、セダンの中を覗き込むようにしながら、杖をついて近付いた。
セダンもツグミに気付いたみたいで、ツグミの前で車を駐まった。助手席の扉が開く。
現れたのは女だった。グレーのぱりっとしたスーツを着て、うなじをちらっと覗かせるショートヘア。小柄だがスタイルがよく、現れた瞬間、美人に見えた。
が、ツグミは女刑事の顔を見てぎょっとした。女刑事は、どぎつい三白眼だった。
「妻鳥ツグミさんですか」
女刑事は三白眼でしっかり妻鳥ツグミを見ながら尋ねた。声はやや甲高く、厳しそうな雰囲気があった。
「はい。私です」
ツグミはちょっとビクッとしてしまった。女刑事の三白眼と突き刺さるような声が、正直に恐かった。
女刑事はセダンを回り込んで、ツグミの前にやってきた。歩きながら、左の腕に『機捜』と書かれた腕章を付けた。
女刑事はツグミの前までやってくると、スーツの内ポケットから革のケースを引っ張り出し、開いて見せた。
「兵庫県警、機動捜査隊。高田香織警部補です。よろしく」
高田刑事は厳しい調子で、自分の名前と階級を告げた。
「はあ……あの、こちらこそお願いします」
ツグミはちょっとぼんやりと女刑事が示した警察手帳を覗き込んでしまった。本物かどうか確かめようというわけではなく、珍しかったからだ。それから、あっとなって高田に頭を下げた。
高田は警察手帳を内ポケットに戻すと、セダンに戻り後部ドアを開けた。
「どうぞ、乗ってください。自宅までお送りします」
高田の動作は、まるで軍隊か何かで訓練されたように、何もかもビシッとしていた。
「あ、はい。し、失礼します」
ツグミは気後れするように会釈すると、後部座席に乗った。
高田はツグミがちゃんと座るのを確認すると、静かにドアを閉めた。それからセダンの後ろを横切って、反対側へ回ろうとした。
「木野恵巡査長です。よろしく」
高田の動きを追いかけていると、急に別方向から声をかけられた。
急だったので、ツグミは振り返るものの返事を返せなかった。
声をかけたのは運転席の刑事で、三つ編みの髪に丸眼鏡をかけていた。童顔で、ちょっと見た感じ刑事というより大学生……いや自分と同じくらいの高校生くらいに見えてしまった。
木野はちらっと車の外にいる高田を確かめると、身を乗り出してきた。
「怒りっぽい人ですから気をつけてくださいね。あ、でもいい人ですよ」
木野は内緒話でもするみたいにヒソッと囁いた。それから軽く微笑む。人懐っこい笑顔で、今度は高校生を通り越して小学生の女の子みたいに思えた。
「はあ……」
どう反応していいかわからず、ツグミは気のない返事を返してしまった。でも木野の柔らかい雰囲気に、少しほっとするような感じもあった。
高田が反対側のドアを開き、ツグミの隣に座る。タイミングを合わせて、木野がエンジンをかける。高田がドアを閉めると同時に、セダンがスタートした。
「それでは行きましょう。妻鳥さんの家って妻鳥画廊ですよね」
高田はシートベルトをしながら確かめる。
「はい、そこの道をまっすぐ行って、次を左に曲がって……」
と思わず説明しかけてしまったが、相手は警察だったと気付いて尻すぼみになってしまった。車はすでに妻鳥家に向かって進んでいる。ちょっと恥ずかしかった。
「わかりました。木野さん、お願いします」
「は~い」
高田の感情のない指示に対して、木野が軽く返す。ツグミはなんとなく高田と木野のキャラクターを把握した。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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