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■2016/02/02 (Tue)
創作小説■
第5章 Art Crime
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34
ツグミは画廊の明かりを消し、ガラス戸を施錠すると、地面に落ちたままだったタオルを拾って台所に入った。トレンチコートを脱いで、椅子に掛けると、セーラー服の袖を捲り上げた。炊飯器の鉄釜を取り出し、1.5合の米を入れた。水を入れて、ざっざっと米を研ぐ。水が白く濁りかけるとすぐに捨てて、再び鉄釜に水を入れる。
もう1度、水に手を突っ込んだところで、振り返った。
不意に、1人きりだ、と気付いた。辺りは物音も気配もない。ひどく心細くなるのを感じた。部屋をさまよう空気の流れすら聞こえそうな静寂に、遠ざかる車の音がひっそりと混じった。
コルリは無事だろうか。いや、コンビニなんて本当に近所だし。あんな事件の後だから、気が弱っているのだろうか。
ツグミは気を取り直して、米を研ぐ仕事に集中した。
白く濁った水を捨てて、もう1度、水を張る。米を水の底に静かに沈めると、鉄釜を炊飯器にセットした。スイッチは入れない。米に水が染み込む時間が必要だし、コルリが帰ってくるまでまだ時間があるかもしれない。
ツグミは冷蔵庫を開けた。買い物に行っていないから、中はひどく寂しかった。キャベツと椎茸を見つけた。味噌もある。
キャベツは千切りに。椎茸は味噌汁かな、と考えた。コルリが何を買ってくるかに期待しよう。
ツグミはトレンチコートを左手に持ち、杖を右手に廊下に出る。
少しだけ、画廊を覗き込んだ。コルリが帰ってくる気配はない。
コンビニまで片道10分。コルリは走って行ったから、多分、5分も掛からない。とはいえ、そんなに早くは帰ってこられないだろう。
やっぱり、心が弱くなっているのかも知れない。
ツグミは階段へ行き、手摺りを掴みながら2階へ上がった。書斎の前を横切り、コルリと共同で使っている寝室に入った。
寝室の左手に2段ベッドが置かれている。右手が、大きな衣装棚になっていた。中の洋服は、サイズに差が出ないコートとかはコルリと共用だった。
部屋の奥に、棚が置かれている。棚はシュールな形のぬいぐるみが占領し、それに混じるように、家族みんなで撮った写真が飾られていた。まだツグミが幼く、母が元気だった頃の写真もあった。
2段ベッドの上がコルリで、下をツグミが使っていた。
ツグミは上のベッドから、シャツの裾が垂れ下がっているのに気付いた。思わず苦笑いを浮かべる。コルリは脱ぎ散らかす癖があった。放っておくと、脱いだ服でもそのまま着てしまう。
ツグミはそのシャツを引っ張り出し、籠に放り込んだ。洗濯機直行予定の籠だ。ここに入れると、コルリも手を出さなくなる。
ツグミはセーラー服を脱いだ。皺を伸ばし、ハンガーにかける。仕上げに、ファブリーズを吹き付けておいた。
ツグミはゆったりとした灰色のトレーナーに、同じ色のスウェットパンツを着た。
この格好になると、ほっとする。1日の活動もおしまい、という時の格好だった。1日の緊張から、解放される気分だった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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