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■2016/01/29 (Fri)
創作小説■
第5章 Art Crime
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32
設置を終えて、コルリが戻ってきて椅子に座った。ちょっと身をかがめて、指で踵を靴の中に押し込む。椅子をテーブルの側に寄せて、レコーダーの電源を入れた。液晶モニターに画像が映り、メーカーロゴと「DVDディスクを入れてください」という文字が浮かんだ。
ツグミは液晶モニターから身を逸らすようにして、後ろからコルリの様子を見守った。
コルリは何も説明せずに、DVDソフトの箱を開けて、ディスクをレコーダーにセットした。
画面に映された注意書きが消えて、真っ黒に暗転した。しばらくして、複製と海賊版を警告する注意書きが画面にフェードする。
「ねえ、ルリお姉ちゃん……」
ツグミはコルリの意図が読めず、何となく放っとかれている心細さで声を掛けた。
しかしコルリは、「うん」と気持のこもらない返事をして、DVDレコーダーを操作した。
ディスプレイにメニュー画面が映された。『本編再生』『チャプター』『特典』といった項目が並んでいる。コルリはその中からチャプターを選び出し、続いてエンディング画面に飛んだ。
主人公である女優がルームミラーに目線を映し、最後の台詞を呟く。その直後、真っ黒な画面を背景に、小気味のいい音楽が鳴り響いた。作品の参加スタッフの名前がずらりと下から流れてくる。
コルリはしばらくじっと、流れてくる名前の1つ1つを目で追っていた。ツグミはその後ろで、まだ何だろう、と画面とコルリの横顔を交互に見ていた。コルリの顔は真剣そのもので、何となく訊ねるのが躊躇われる気がした。
間もなくして、コルリが画面を止めた。
「ほら、見て」
コルリが画面を指差した。
ツグミが覗き込んだ。美術スタッフの筆頭に、妻鳥光太の名前があった。
それを見て、ツグミは「ああ、そうだっけ」と思い出した。『完璧な青』は光太が『マッチョハウス』に在籍していた頃、制作に参加した作品だったのだ。
コルリが再び映像を進ませた。美術スタッフの名前が絶え間なく下から溢れ出てくる。コルリはさっきより目に力を込めて、名前の1つ1つをじっと見詰めていた。
ツグミはようやくコルリの意図が読めてきた。まさかという期待を胸の中に沈めつつ、椅子を寄せて画面を覗き込むようにした。
「あった!」
コルリが声を上げて、素早く画像を止める。
「どこ?」
ツグミは見つけられず、画面に顔を寄せた。
「ここ。ほら、川村鴒爾ってあるやろ」
コルリは興奮したように、名前の一つを指さした。
ツグミはコルリの指の先に目を合わせた。確かに、川村鴒爾とそこに書かれていた。
しかし、ツグミの気持は複雑だった。「あった!」という高揚感はあった。一方で、果たしてこれが本当にあの川村さんだろうか、と疑う気持ちがあった。単なる同姓同名ではないだろうか。
「やっぱり、川村さんと光太叔父さんは知り合いやったんや。ツグミ、電話しよ。叔父さんに聞いたら、川村さんのこと何かわかるはずや」
コルリは気分を舞い上がらせて、席を立った。
「待って。でも、この間、写真を見せても、知らないって言ってたやん」
ツグミも杖を手に取って立った。少し、コルリの気分に釣られかけていた。
「それはな、ツグミ。あれが最近の写真やったからや。それに、叔父さんは川村「修治」さんは知らない、って言ってたやろ。「修治」ではなく「鴒爾」って聞くべきやったんや。それにそのアニメ、もう10年くらい前(※)や。私の記憶では、この後、川村鴒爾って名前は出てこおへん。だから、叔父さんが知ってる川村鴒爾さんは、10年前で止まってしまってたんや」
コルリは興奮していたが、言っている内容には説得力があった。
その通りだと思った。確かに川村は、光太のことを知っていると言った。あの言葉に嘘がないのだとしたら、やはりコルリが正しいのだ。
「よお、知っとるんやね、ルリお姉ちゃん」
ツグミはぽかんとしながら訊ねた。
コルリは得意になって微笑んだ。
「珍しい名前やからな。何となく頭に残ってたんや」
※ この物語は2008年の設定。執筆当時。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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