■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2016/01/24 (Sun)
創作小説■
第8章 秘密都市セント・マーチン
前回を読む
9
王城の客室。そのベッドにソフィーが横たわっていた。目蓋がゆっくりと開かれる。
ソフィー
「……帰ってくるわ」
一ヶ月目を開かなかったソフィーが突然目覚めた。側にいた僧侶が慌てて部屋を出て、報告に向かった。
ソフィーは窓の外に目を向けた。窓の外は今まさに暗雲が散り、海に光が射し込んでいくところだった。ソフィーはその風景を見て、微笑んだ。
◇
2週間後。
生き残った戦士達が王城を凱旋した。
その数はわずか40名であった。ほとんどの者が失われてしまっていた。それでも戻ってきた者達は明るい笑顔を浮かべた。
迎えた人々は戦士達を祝福した。帰ってきた英雄達に尊敬を込めて手を振り、その名前を称えた。
戦士達の顔には、長き戦いの疲れが浮かび、鎧には血の跡がくっきりと浮かんでいたが、それこそ戻って来られなかった者達への供養だった。そんな姿であっても、戦士達の姿は堂々としていて、伝説の英雄の気風が漂っていた。
特に先頭を歩くセシルとオークの2人は英雄物語の主人公として最大級の賛辞が送られた。誰もがその名を呼び、誰もがセシルとオークに手を振った。
人々は英雄達の凱旋を一目見ようと長い長い列を作り、行く先を花で埋め尽くし、勝利と、勝利ともたらした者達を称えた。
セシル
「犠牲は大きかったな。誰1人代わる者のいない英雄だった。あの魔術師に代わる者など……」
人々に手を振りながら、セシルは落胆した声で言った。
オーク
「惜しい人でした。謎めいていましたが、ネフィリムを封印する術を知る唯一の者でした。それがあのように死んでいくなんて……。その名を残したくとも、名を知ることすらできませんでした」
セシル
「無理だよ。あの者は一度も名乗らなかったし、知っている者もいない」
オーク
「議論はおしまいにしましょう。3度目の災いが去りました。今は残された幸福を噛み締めましょう」
セシル
「……そうだな」
凱旋の列はどこまでも続き、セシルとオークを称える声はいつまでも途切れなかった。
やがて王城に辿り着くと、大階段の上で、すべての臣下たちと貴族達が礼服で英雄達を迎えた。その中に、ソフィーの姿があった。
オーク
「ソフィー!」
ソフィー
「オーク様!」
2人は駆け出し、大階段の上で抱き合った。ソフィーはオークの胸に顔を埋め、うっうっと咽び泣いた。
オーク
「ありがとう。――闇の中であなたに救われました」
ソフィー
「――えっ。私も、夢の中であなたに会ったような気がします」
オーク
「それは夢ではありませんよ。私たちは共に旅をし、共に戦ったのです。――ありがとう」
ソフィー
「……オーク様」
ソフィーはオークの首に縋り付いた。その顔に、幸福が浮かんでいた。
そんな穏やかな幸福の中で、ブランが武装した側近を連れて通り過ぎていこうとした。
セシル
「どこへ行かれる」
ブラン
「おお、セシル殿。勝利を祝いたいところだが、我々には我々の戦いがあるのでな。たった今はいった報告だが、ヘンリー王が休戦条約を破って我が領地に踏み込んできた。戦が迫っておる」
セシル
「色々と世話になった。そなたらの助力のお陰で勝利できたようなものだ。もしもの時は惜しみない助けをしたい」
ブラン
「ありがたいがな。しかし今は負ける気がせんのだよ。ブリタニアは必ず勝つ。――さあ堅苦しい挨拶はなしだ。友よ、さらば」
2人は握手して別れた。
セシルは城下を振り返った。そこには明るい笑顔で溢れていた。凱旋の興奮がまだ収まらず、セシルとオークの名を称える大合唱がいまだに続いていた。
空は明るく晴れて、光が満ち溢れていた。何もかもが希望に包まれているように思えた。この世の全ての不安と恐れがそこから過ぎ去ったように思えた。
セシルはそんな風景の1人となって頷くと、大階段を登っていった。オークもソフィーも手を繋いで、後に続いた。待ち受けているのは、腹の黒い貴族達と、庇の下の陰鬱な闇であった。
次回を読む
目次
PR