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■2010/04/09 (Fri)
シリーズアニメ■
第1話 迷い猫、駆けた
「こら起きなさい巧!」
まだ夢の中にいる僕を、強引な声が呼び起こそうとする。芹沢文乃の声だ。
僕はぼんやりした調子で言い返した。
「ったく、いつもは異常に早起きなのに、どうしたのよ、今日に限って」
文乃は僕の腕を掴み、強引に体を起こした。僕は無理にでも意識を覚醒させて目を開けた。
「……青……白……
目の前にあるものの正体を確かめるように、青白の縞模様を目で追った。
「――2回死ね!」
激烈な膝蹴りが顔面に落ちた。文乃の縞パンティだった。
「もう先行くからね! 絶対待っててあげないんだから!」
ちょうどいいから説明しておくと、今の縞々の女の子、芹沢文乃は素直じゃない。とにかく徹頭徹尾素直じゃない。
「どうせ巧のことだか
というと、宿題を見せてくれる。
「絶対に食べさせてあげないだからね」
というと期待していいという意味だ。
「2回死ね、馬鹿巧!」
「巧君の馬鹿!」
というと……何だろう?
早い話が、思っているのと逆のことをいう。右といえば左。コーヒーは飲みたくないといえば本当は飲みたくて、洋食が食べたいといえば和食が牛丼。天邪鬼か狼少女か秋月雪姫か。とにかく感情的に言った言葉はいつも逆だと思ったほうがいい。
朝の支度を済ませてドアを開ける。すると側の電柱に、文乃がもたれかかっていて僕を待っていた。
ご立派な釈明だ。意訳すると、「待って
道の角から菊池家康が飛び出してきた。家康は何か文乃に言ったらしい。その成果として、顔面に一発パンチを喰らった。はいご苦労さん。
「ははは! ご名答!」
こいつ。菊池家康は舌禍が服を着て歩いているような奴だ。いつも自分の口が災いとなって不幸に遭うが、一切反省しない困った男だ。ちなみに、文乃との相性は最悪。
「おはよう」
「よう」
と現れたのは幸谷大吾郎。僕のもう一人の悪友。幸谷流柔術……とかいう、古武術道場の跡取り息子として育ったせいか、やや一挙一動が古臭い。
眠ってしまう前に説明すると、『努力』『友情』『勝利』という週刊少年ジャンプなモットーが掲げられた、ここ、私立梅ノ森学園は中高一貫教育制で、俺と文乃はここの高等部に属している。こともあろうに学
いきなりスクール水着の小さな女の子が教室にやってきた。
違う。この子のお陰ではない。
この小柄な美少女は梅ノ森千世。理事長の孫娘。学園内をまるで自分の家のように闊歩するお嬢様。でも、なんで水着?
「佐藤」
「はい」
メイドの佐藤がタオルを千世に渡す。
「はい」
ぱちんと指を鳴らす。
千世の小さな体が筒状のタオルに隠れた。メイドの鈴木がその中へ入っていく。
千世が僕を指さし、尊大に言い放った。
「は、どういうこと?」
「こういうことでしょ!」
「何で?」
「何でこうなるのよ!」
文乃が武力介入してきた。
「出たわね芹沢文乃! ちょうどいいからあんたはサヤカやりなさい」
「知らないの? この子よ!」
千世が再び雑誌を示した。
「で?」
文乃は雑誌を手にしてぶるぶる震える。危険信号だ。2歩下がった
「都築巧はカイザーであんたはサヤカやらせてあげるわ。しょうがないから、衣装は私んところで作ってあげるから。二人とも、放課後家に来るように」
「ように?」
文乃が千世に雑誌を投げつけた。これはゴングと捉えていい。
「いい加減にしなさいよチビッ子腐女子!」
「ちび?」
「思ってるわよ!」
千世が言い返す。文乃は机の上に足を乗せた。
「ふーん! 馬鹿は2回死んで中等部からやり直しなさい! あんたみたいのなのが高校生やってたら、文部省もびっくりするほどの全人類の恥だっ
「あたしは恥ずかしくないもん!」
という返し方がムキになった子供そのものだった。
「だいたいあんたがこんなの身につけたら、一歩あるくたびに服がずり落ちて胸も尻もすっぽんっぽんだっての!」
「はあ! どういうこと、それ!」
「まあまあ」
そろそろ止めたほうがいいだろう、と僕は一歩前に進み出る。
「うっさわね! 巧も聞いたでしょ? 今の命令口調! 今日と
千世は言葉を失ってひくひくと顔を青くさせていた。
とそこに、なぜかタオルがはらりと千世から落ちた。現れた裸は、紛れもない幼児そのもので――。
「いやああああぁぁぁぁーーー!」
でも悲鳴はご立派だった。
◇
アニメにおいて個性が与えられるのは女性であり、男性はしばしば影法師のようにぼんやりとした印象で描かれる。『迷い猫オーバーラン』においてはその特徴が徹底されている。
それに対して、女性キャラクターたちは自由にイメージを膨らませて描かれている。キャラクターのビジュアルイメージだけではなく、人物
物語はアニメファンを徹底して意識され、アニメファンに迎合した作りになっている。登場人物のほとんどがアニメを詳しく
物語が描く風景も、アニメファンにとってはおなじみの構図と展開を繰り返し、そこから外部世界には一切目を向けられていない。作品が新しいビジュアルイメージや物語の形態を提示することもないだろう。既視感を飛び越える驚きは期待できない。
それだけに、キャラクターは作品の中でしっかり構築されている。キャラクターの線は丸みのある柔らかな線だけで構築され、ぬくもりのある印象がある。キャラクターのシルエットはシンプルだが洗練された
キャラクターの顔へ行くほど線の密度が増えていく。瞳は象徴的に様式化され、艶やかに輝いているかどこを向いているのか不明だ。まるで視線を定めない人形と接しているような印象にさせてくれる。
この種のキャラクターは「ただ線の密度が高いだけ」という印象になり
構図の作りは見たいものを中心に引き寄せている。キャラクターの顔や、少女たちの身体、太股。その一つ一つがキャラクターたちの楽しげな魅力を的確に捉え、作品を盛り上げている。
男性キャラクターは物語に介在する付属物に過ぎないが、情緒ばかり暴走させる女性キャラクターたちの宥め役であり、物語の司会進行
愛らしい少女たちとの夢をただようような戯れの一時を過ごしたいならば、この作品だ。
迷い猫オーバーラン! 公式ホームページ
作品データ
監督:毎週交代 原作:松智洋
シリーズ構成:松智洋 メインライター:木村暢 キャラクターデザイン:中本尚
美術監督:前田実 色彩設計:鈴木寿枝 撮影監督:石黒晴嗣
編集:廣瀬清志 音響監督:明田川仁 音楽:高木隆次
監督・脚本・絵コンテ・演出:板垣伸 作画監督:石川雅一
アニメーション制作:AIC
出演:岡本信彦 伊藤かな恵 井口裕香 竹達彩奈
〇 佐藤聡美 吉野裕行 間島淳司 堀江由衣
〇 寿美菜子 佐藤利奈 新井里美 宮坂俊蔵
〇 田村陸心 金光宣明 関山美沙紀
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■2010/04/08 (Thu)
シリーズアニメ■
ACT.1 魔王が誕生しちゃった!
「こっちか……」
バッグを手に、階段を登っていく。
唐突に、側を女の子が飛び出した。阿九斗ははっと女の子を振り向いた。
阿九斗はえっと時間が静止するのを感じた。頭の中に、女の子のお尻とフンドシが克明に刻み込ま
……さすが帝都だな。
阿九斗はとりあえずそう感心して納得した。
ふと後ろで物音がした。すると階段の踊り場にバッグが落ち、中の物
「あらあら、嫌だよ」
「お手伝いしましょう」
阿九斗はすかさず老婆の前に進み出て、踊り場に広がった小物を集
「どうもすみませんね」
「いえいえ」
片付けはすぐに終わり、老婆はバッグを閉じる。
「ありがとうございました」
老婆は丁寧に頭を下げる。阿九斗は老婆の持っているバッグを手に取ろうとした。
「上まで荷物をお持ちしましょう」
老婆はやんわり拒否してバッグを引き戻そうとする。
「気にしないでください。人の役に立つことは率先して行う主義なんです」
「そのお気持ちだけいただきます。どうか気にせず」
「いえ、遠慮しないでください」
「いえ、遠慮させてください」
阿九斗と老婆はバッグを引っ張り合って綱引きを始める。
「お婆様! 不埒者!」
後ろから女の子の叫び声。
阿九斗は振り向いた。と同時に、靴が阿九斗の顔面にぶつかった。阿九斗は大きく反り返りながら、靴の主が空を舞うのを眺めていた。
……さっきの女の子?
阿九斗は奇妙なデジャヴを引き摺りながら、倒れた。
「お婆様、大丈夫?」
女の子は切迫した声で老婆の側に駆け寄った。
しかし老婆は、呆れたように溜め息を吐いた。
「お前って子は、どうしてこう慌て者なんだろう」
「……え?」
女の子はきょとんとして声を上げる。
絢子は代々帝国の国護を司るスハラ教の家庭に生まれた少女だった。今時は正義や他人のためというと笑う者も多いが、絢子はむしろ
一方の阿九斗はより良い人間を目指し、世の中をよくするために大司祭を目指していて、国を守る決意の絢子と意気投合した。バスの中で一本の刀を握り合い、友情の契りを交わした。
やがてバスはコンスタン魔術学院へ到着した。全寮制の巨大な学校だ。阿九斗は一度絢子と別れて、保健室へ向った。
校医兼教員である鳥井美津子は阿九斗に説明しながら保健室へと案内した。保健室には人工精霊ヤタガラスを入れたポッドが置かれ、
「この人工精霊ヤタガラスがあなたたちの健康状態をチェックします。そして健康状態だけではなく、将来の職業を教えてくれるの。占いなんかじゃないわ。帝国の魔法技術の結晶よ。今のところ、予測どおりの職業に就かなかった生徒は1人もいないわ。安心して。ほとんどの人が希望通りの将来を判定されるから」
言われた通りに、阿九斗は列に並んで順番を待った。間もなくして阿九斗の番が回ってくる。
ヤタガラスの診断は周囲に衝撃を走らせた。
魔王――魔物の王であり、社会に対する敵対者。素質、能力、いずれを診断しても、紗井阿九斗は魔王になるのに相応しい力を持っていた。
こういうのは始めが肝心だ。阿九斗は教壇の前に立った。
阿九斗は身振り手振りを交えて堂々とした演説を始めた。しかし、その姿は「まさしく魔王そっくりだ」と評され、むしろクラスの全員を遠ざける結果になってしまった。
その後、阿九斗は一番後ろの席を指定され、大人しく座席に着いた。
「新年度ということでクラス委員を決めなくちゃだけど、去年に引き続き服部さんにお願いしちゃおうかしら」
クラスの点呼が終わり、鳥井が話を進めようとした。
「先生! クラス委員選挙はそんな単純なものではないと思います。そうでなければ、我々に進歩などはありえません。僕は紗井君をクラス委員に推薦します!」
最初の演説でなぜか阿九斗に心酔した寛が推薦をする。これがクラ
裏切られたと思った絢子が逆上して阿九斗に決闘を申し込んだ。阿九斗は絢子の太刀をかわし、素早く回り込んで羽交い絞めにする。
「だからそれが辱めだと言っている!」
むしろ火に油を注いでしまった。
夜になり、阿九斗は絢子の誤解を解こうと女子寮へ向った。三輪寛の案内で導かれ、なぜか裏口からこっそり女子寮へ入っていく。阿九斗は言われた通りに絢子の部屋の窓へ進み、窓を三回叩いた。
絢子がいきなり窓を開けて阿九斗を怒鳴りつけた。窓を三回叩くのは、夜這いのサインだった。
阿九斗は絢子に追われて逃げ出す。そのまま森に入っていき、土手を転げ落ちていった。そこに待ち受けていたのは不思議オーラをまとう少女、曽我けーなだった。
何だかわからないうちにけーなは阿九斗への協力を名乗り出て絢子と対峙した。
絢子はけーなの前で分身してやりすごし、阿九斗を狙った。阿九斗の力が再び暴発した。草木は
「ああ、何ということでしょう。私の眠っていた凶暴な力が今まさに目覚めてしまったのね。ああ、禁断の力で人を殺めた罪は、一生掛けて償わなければならないかも。私はこれから、いったいどうすればい
なにやら勘違いしたけーなが自身の不幸に打ちひしがれていた。
そんな場所に、もう1人の女の子が現れる。
「紗井阿九斗さんですか。自分は監視員。識別名はころねです」
新たな刺客の登場だった……。
◇
だがそれは、あえてなのだ。通俗的な漫
コメディ作品ほど、通俗的なものが重要視される。パロディはパロディする作品をみんなが知っているからこそ笑いがある。前提となる作品を知っているからこそ、芸人が仰々しく演じる言い回しや身振りがおかしいとわかるわけだ。
『いちばんうしろの大魔王』はある誤解でクラスの美少女たちを引きつけていく物語だ。誤解されて結果として主人公を中
だが『いちばんうしろの大魔王』はその視点がちょっとずれている。ほとんどの場合
ここにもイメージの食い違いが見られる。紗井阿九斗の人柄は善人
この二つのギャップが『いちばんうしろの魔王』をある程度、特別にしている。多くの漫画作品は主人公が意志薄弱で周囲が勝手に、という描きだが、『いちばんうしろの大魔王』は善人であろうとして悪人と
といっても、結果として美少女たちと強引な結びつきを作り、ハーレム状態を作り出すわけだが。
もっとも、その先のイメージがあるわけではないから、いつも中途半端なところで終わってしまう。この種のラブコメは
『いちばんうしろの大魔王』公式ホームページ
作品データ
監督:渡部高志 原作:水城正太郎
シリーズ構成:吉岡たかを キャラクター原案:伊藤宗一
キャラクターデザイン・総作画監督:小林利充 小関雅 玄鶴・黒龍デザイン:宮武一貴
美術監督:河合伸治 色彩設計:西尾梨香 撮影監督:大西博
編集:中葉由美子 村井秀明 音楽:加藤達也 音響監督:本山哲
アニメーション制作:アートランド
出演:近藤隆 豊崎愛生 日笠陽子 悠木碧
〇 代永翼 伊藤静 広橋涼 たかはし智秋
〇 竹達彩奈 水原薫 寿美菜子 白鳥哲
〇 片貝薫 明石香織 高橋研二 相馬幸人
■2010/04/07 (Wed)
シリーズアニメ■
第1話「借りを作れない男」
俺は市の宮行。世界トップ企業である市の宮カンパニーの御曹司。いわゆる、生まれながらにして勝ち組という奴さ。今はT大にストレートで合格し、学費代からマンション代まですべて親に頼らず、自分で稼いでいる。
ここまで自立して生活する理由? それが家訓だからさ。
「他人に借りを作るべからず」
とにかく俺は、「他人に借りを作るべからず」という家訓を守り続けてきた。それは俺の誇りでもある。もちろんこれからも家訓を守り続け、誰にも頼らず生きていくつもりでいた。
そう、たとえこんな状況であってもだ。
こんな状況というのは、橋の中ほどに1人きりで取り残されているという状況であり、それから、パンツ一丁であることだ。
で、そのズボンは今、鉄柱の高いところに引っ掛けられ、鯉幟のごと
おおっと、悔しくなんてないさ。むしろ俺は清々しい気持ちだった。だって奴らは、俺に怒られなかったことで借りを作ったんだからな。はっはっはっは……。自然と笑い声が漏れるよ。
幸い、この時間は人通りが少ないらしい。今のうちにズボンを回収するんだ。俺は欄干に足を乗せてよじ登ろうとした。
だしぬけに女が俺に声を掛けた。
俺はぎょっとして声がした方向を覗き込んだ。欄干を越えた橋を支える橋脚の出っ張りに、女の子が1人きりで座っていた。のんびりくつろいだ様子で、竹の釣り竿を手に釣り針を荒川の流れに放り込んでい
女の子が振り返った。白い肌。青い瞳。長い金髪。美しい条件が全部整った、紛れもない美少女だった。
「いえ。俺、暑がりだから」
俺はごまかすように言って、欄干に体重を乗せた。
女の子は無関心そうに言って釣りに集中した。
俺は欄干の上に危うく立ち上がり、鉄柱の出っ張りに足を引っ掛ける。鉄柱を補強する筋交いに足を置いて、ゆっくりと登った。
落ち着け。今は一刻も早く、ズボンを回収するんだ。この女が勘違い
何かが引っ掛かった。針金だ。鉄柱に絡みついたハリガネが俺のパンツに引っ掛かり、際どい角度にずり下げてしまっていた。
「……なあ、もしかしてなんだが、あんた、3センチほどで公然猥褻罪になるんじゃないか」
猥褻という定義はいったいどこから何を指すのか――それには議論が必要そうだ。猥褻という発想は時代と文化によって大きく変わるものであるから、今現在のこの社会についてのみ論じるべきであろう。現代人の社会規範がどのように思考し、意識し、認識しているか。もっと具体的な命題を与えるならば、猥褻が“毛”からなのか“モノ”からなのか。もし毛であるならば、俺は確実に公然猥褻罪ずばり的中してしまっている。
鉄柱が鉄壁の防御となって防がれているが、俺は今、危険な事態に直面している。
「よかったら、治してやろうか? こいつで」
女の子が竿をちょいと持ち上げる。
こんなところで借りを作ってたまるか。もう少し。もう少しなんだ。ズボンが俺の目の前で、旗のようにひらひらとはためいている。もう少しでケツが出るがズボンにも手が届く!
「なあ、お前。それ以上行くと……」
俺は心から叫んでいた。こんな状況であっても、俺の体内に刷り込まれた教育とその理念は俺自身を固く掴んで離さなかった。
なぜってそういうふうに育てられてきたから……。
「行、ちょっと来なさい。1歳の頃の借り、いま父さんに返しておきなさい。さあ、早くしなさい。おもちゃを口に入れて遊ぶぞ。泣くぞ」
父の教育は激烈で徹底していた。今となっては家訓こそが俺自身の人格であり、家訓にすがって生きているようなものだった。
女の子の口ぶりは、はじめから無関心そうに変わらなかった。
俺はふう、と溜め息を吐いた。
「いいんだ。ありが……」
突然に、柱がガツンッと傾いた。
柱のどこかで明らかに何かが弾ける音がした。ぐぐぐと柱は悲鳴を上げながら、川の方向へとゆっくりと傾いていく。
「がんばれ」
女の子が俺を振り返って、ゆるやかな声援を送るのが見えた。
ドスンと川の水に落ちた。鉄柱は俺にのしかかって、底のほうへと沈めていく。俺はそこから逃れようとした。しかし間もなく無理だと悟った。こんな水中では力はでないし、よしんば力が出たところで鉄柱の
俺は、死ぬのか? こんな水の底で? そんなの嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ!
誰か……。
「おい、起きろったら」
不意に声がした。目に光が飛び込んできた。俺はオエッとこみ上げるものを感じて飛び起きた。
「生臭っ!」
「お、生きてたな」
女の子は無感情だけど、いくらか嬉しそうに聞こえた。
「悪い。先に謝っておくが。借り、作らしちゃったぞ」
俺は顔を上げた。女の子の膝の上に頭を載せていて、顔が間近にあった。
「な……なぁにぃひぃぃぃ!」
市の宮行は借りを作れない男だった。だがニノに命を救われ、「命の恩人」という大きな借りを作ってしまう。それは行にとって、人生における大きな挫折だった。今すぐニノに相応な借りを作らないと、と行は焦る。
だがニノは、ふと思いついたように市の宮に望みを口にした。
「私に恋をさせてくれないか?」
こうして行は、リクという新しい名前を与えられ、ニノとともに河川敷で暮らすことになった……。
◇
なぜ橋なのか?
創作の世界では、橋はしばしば境界を暗喩する場所として用いられてきた。橋は
だが『荒川アンダー・ザ・ブリッジ』において橋は、あるいはそこが荒川でなければならない理由はそこまで重大な意味を持っていないのだろう。意味があると同時に、まったくの無意味な設定である。ただ荒川の橋と特定し、読者に理由を思考させることによって、作品が提
考えれば考えるほど、作者が目論んだ手口のない思考の迷宮に迷い込んでいく……。これは、もはや罠である。
橋の風景はそのたびに異端の実体を明らかにしていく。金星人であると言い張る美少女ニノ。橋の周辺を仕切っている、河童着ぐるみの村長。星の頭を持つス
誰一人として、まっとうな人間が登場しない。キャラクターの頭身は現実的に描かれているが、むしろそうであるからこそ作品のシュールさが際立っている。
それは運命の悪戯だったのか。結果として市の宮行は、自身を規定していたアイデンティティに死の引導が下されたので
市の宮は荒川の橋の下で新たな生命が与えられ、新たな名前が与えられ、新たな人生観に向って突き進むのだ。
それまでの人生には大きな波も障害もなかっただろう。だが家訓の放棄こそが予定調和に構築された人生から市の宮行を解放し、あらたなステージへと行自身を変化させたのだ。
これからの市の宮行にはあらゆる苦難が待ち受けているだろう。よちよち歩きの子供のように、現実とは何か、社会を生き抜くにはどうするべきなのか、科学はどのように作用しているのか、人生に必要な意識と知識を再構築していくのである。これは笑いに彩りながらその過程を見守っていく物語である。
作品データ
監督:新房昭之 原作:中村光
シリーズ構成:赤尾でこ シリーズディレクター:宮本幸裕
キャラクターデザイン・作画総監督:杉山延寛 美術監督:東厚治
色彩設計:滝沢いづみ ビジュアルエフェクト:酒井基 撮影監督:内村祥平
編集:松原理恵 音響監督:鶴岡陽太 音響効果:野崎博樹 音楽:横山 克
アニメーション制作:シャフト
出演:坂本真綾 神谷浩史 藤原啓治 杉田智和
〇 子安武人 沢城みゆき 斎藤千和 大塚芳忠
〇 小見川千明 三瓶由布子 新谷良子 小山力也
〇 チョー 田中理恵 中村悠一 立木文彦 後藤邑子
■2010/04/07 (Wed)
シリーズアニメ■
第1話 雪華の都
雪村千鶴は走っていた。京の町は人が消えてしまったように沈黙していた。背後から追跡してくる気配だけが不気味に際立っていた。
本能からか、千鶴はより暗く、望みのない闇へと足を向けてしまっていた。そこに見つけた樽の陰に飛び込んで身を潜める。
追跡者が四つ辻の前で足を止めた。荒く息を吐きながら、せわしなく土を踏む音が聞こえる。
千鶴は熱く火照った体を抑えて、深く呼吸した。吐息が漏れないように自分の口を押さえる。
「そう遠くには行っちゃいまい。探せ!」
2人のやり取りが聞こえた。2人は手短に打ち合わせて、2手に分かれる。
ざっざっと土を踏む音が迫った。千鶴ははっと顔を上げた。正面の白
千鶴は小さく震えた。震える手を律して、刀の柄を握る。掌に力がこもらず、握るというより添えるようだった。
その時、どこかで悲鳴が漏れた。白壁に映った影が振り向き、刀を抜いた。
金属音が跳ねた。刀がぶつかり合っているのだ。千鶴は状況がつかめず、ただ恐怖に捉われて白壁をじっと見ていた。
白壁に影が映った。男の頭に、刀が突き刺さっていた。どさりと男が倒れた。千鶴の側だった。男は頭を刀で抉られ、恐怖に引き攣った瞬間で硬直していた。
千鶴は悲鳴が漏れそうになるのを必死に抑えた。恐怖がこみあげてきて、自分の意思とは無関係に目に涙を浮かべた。火照っていた体が急速に熱を失っていった。
侍が刀を振り上げた。千鶴は身をかばうように両手を突き出し、悲鳴を上げた。
しかし、刀は振り落とされなかった。奇妙に沈黙した間を置いて、どさ
千鶴は目を開けた。さっきの侍が足元に倒れ、空虚な目で雪の景色を見ていた。殺されたのだ。
千鶴は顔を上げた。目の前に、男が立っていた。男は手に持っていた刀をさっと振った。白い土壁にぴちゃりと液体が飛び散った。すっと刀を鞘に収める。
幼く聞こえる男の声が、斉藤と呼ばれる男をからかうように声を掛けた。
「俺は務めを果たすべく動いたまでだ」
斉藤は低く、闇に飲まれそうな声で呟いた。
斉藤がすっと刀の切っ先を千鶴に向けた。
「いいか。逃げるなよ。背を向ければ切る」
その時、偶然にも月明かりが現れた。風がちらつく雪を吹き上げた。男の頬をなでる漆黒の髪に、千鶴は息を飲んだ。その美しく、月明かりに浮かぶ麗人の顔は、まるで狂い咲きの桜のような――。
何か予感めいたものを感じた千鶴は、男装して
新選組の一同は人斬りの目撃者として千鶴を殺そうかと話し合う。しかし千鶴の父親の話しを聞くと一転して、父親が見付かるまでの期間、屯所で保護しようと申し出る。
半ば軟禁状態の千鶴は分が悪く、新選組の申し出を引き受けることにしたのだが――どうやら新選組には知られてはいけない秘密があるらしい……。
◇
少女は江戸という俗世を離れ旅を続け、どうやらその途上でこの世ではない場所に踏み込んだようである。
作品の中心となるのは、美しき少年達の戯れである。少年達は癖の
少年達を彩る唯一のメイクは、赤く際立った血だけだ。白く溶けたよう
どの少年達も鋭角的に輪郭線が区切り取られ、目元は特徴的なアイシャドーでくっきりと浮かび上がらせている。その瞳は異界の人間であることを明かすように、少年達は色とりどりに輝かせている。
少女は監視という名目で美しい少年達の視線を常に集め、翻弄され続けている。やがて少女は身も心も少年達に捉われ、危うく揺り動か
物語の舞台となる屯所はこの世ではない場所だ。歴史上のどの時代にも場所にも符合しない。「新選組」と「屯所」という名前だけを借りているだけだ。
日本家屋がもたらす光と闇のせめぎあい。その狭間に住んでいる幻
少年達は美しい見た目とは裏腹に凶暴な実体を持っている。美と狂気は常にどろどろに交じり合った渾沌の中で両立している。光と闇のように。
光と闇がきわどく混濁した場所に幻想は出現する。その存在は霧の粒のようにはかなく、一瞬の油断で霧散してしまう。幻想を長く抱いていたいのであれば、夢から目を覚まさぬことだ。
作品データ
監督:ヤマサキオサム 原案・構成監修:藤澤経清 原作:オトメイト
キャラクター原案:カズキヨネ キャラクターデザイン:中嶋敦子
美術監督:平柳悟 色彩設計:松本真司 撮影監督:下崎昭
編集:松村正宏 音楽:大谷幸 音響監督:岩浪美和
プロデューサー:小倉充俊 長谷川和彦 山崎明日香
アニメーションプロデューサー:浦崎宣光
アニメーション制作:スタジオディーン
出演:桑島法子 三木眞一郎 森久保祥太郎 鳥海浩輔
〇 吉野裕行 遊佐浩二 大川透 飛田展男
〇 坪井智浩 小林範雄 斉藤龍吾 島崎信長
〇 川野剛稔 吉本秦洋
■2010/04/06 (Tue)
シリーズアニメ■
「イースト・トーキョー・ユナイテッド(ETU)」はサッカーチームの中でも弱小と知られていた。平均観客動員数が8000人を下回り、台東区がホームタウンからの撤退を検討している。負け続けのチームに監督は次々と入れ替わり、サポーターは荒れる一方だった。
もうこれ以上、負けるわけには行かない。経営陣は起死回生の望みにすがり、達海猛をチーム監督に抜擢する。
達海猛はかつて、ETUのチームリーダーだった男だった。引退後は監督に転身し、各地を点々としつつサッカーを盛り上げてきた。アマチュアリーグであるイーストハムをFAカップベスト32まで導いた功績をもつ男だった。
だが達海猛には曰くつきの過去があった。達海猛はかつてETUの監督を引き受けていたが、突如チームを見捨てて海外のチームの監督に就任。達海猛に見捨てられたチームは惨敗し、結果として2軍に地位を落としてしまっていた。
そんな過去を持つ達海にサポーターたちは納得せず、チームにも不穏な空気が漂う。
達海猛は監督就任初日、ひたすら30メートルダッシュだけをやらせ、そのタイムだけで新しいレギュラー候補を決めてしまう。それはベテランを省いた若手中心のチームだった。
納得の行かないベテラン陣から不満の声が上がる。達海猛はならば、と試合をしようと持ちかける。もし負ければ考え直すが、勝てばレギュラー交代、という条件だった……。

サッカーを題材にしたアニメや漫画は、野球に較べると少ない。その内容も、すべてにおいて選手に光が当てられ、チームの団結と葛藤、勝利がテーマの中心だっただろう。
アニメや漫画はしばしばヒーローを求め、シンボリックなイメージと度外れた力を描き出す。そんなファンタジーに対し、スポーツ選手は現実的な世界に実在するヒーローである。だからこそ作家はスポーツ選手を好んで描いてきた。
だが『GIANT KILLING』はそんなセオリーと系譜から一歩視点を変え、「監督」を主人公に据えた珍しい作品である。
試合中の動きにはデジタルが使用されているが、一目でアニメーターの動きではないとわかる。走る瞬間に地面を蹴っておらず、躍動感がまったくない。ロングサイズの集団をデジタル処理で済ませる事例は増えているが、表現手法としてではなく技術としての未熟さが目に付いてしまう。まだまだこれからの分野だ。
主人公が「監督」であるから、今までのスポーツアニメ・漫画では描かれなかった側面が深く掘り下げられるようになった。経営陣の苦悩やサポーターとの葛藤。スポンサーとの契約の話まで出てくる。
考えてみれば、裏方とはいえ「監督」はスポーツにおいて重要なファクターであったのに、その描き方は極端にシンボリックな存在であっ
た。シンボリックな父親であり、指導者であり、生々しい人間として描かれてこなかった。
それだけに、『GIANT KILLING』の平均年齢は極めて高い。主人公である監督は35歳。経営陣は白髪の混じる壮年。今時珍しい、若いヒロインの登場しないアニメ作品である。
高速で移動する選手の脚の動きを描写するのは至難の技だ。走りの動きは教科書通りなら一歩3枚(原画1動画2)。さらにその脚を常に意識的に操作し、ボールを蹴り続けねばならない。とてつもなく難易度が高い作画になり描けるアニメーターは僅少。演出家はスタッフ技術の低さをごまかすために様々な手管を用いてきた。サッカーをフェティッシュなレベルで完成させられたアニメーターは、日本アニメ史においてもいまだ前例がない。

サッカーは野球と違って、原作人気が切っ掛けで映像化される例は稀である。常に時代的な影響を受けて、ようやく映像化されるという感じだ。例えばワールドカップでサッカー人気が盛り上がるたび
に、そのタイミングに合わせてアニメの企画が提出されるが、しかしそれほど有名なサッカー漫画が都合よくあるわけではない。
例えば2001年ワールドカップの年に制
作されたアニメ『オフサイド』がそれだ。この作品はすでに1992年に終了しており、映像化された当時、制作を担当したアニメーターの誰も漫画『オフサイド』の存在を知らなかった。『キャプテン翼』なんていうアニメ作品は、唯一の例外であるといっていい。
一時的な世相の影響で制作されるために、予算はその他の作品より
遥かに低く抑えられ、おそらく誰も聞いたことがないであろう中小アニメ会社が実際の制作を引き受けていたりする。
『GIANT KILLING』もやはり同じ切っ掛けをもつらしく、Jリーグの試合中継と連動して放送されているようだ。サッカーアニメの前途はまだまだ続くようである。
『GIANT KILLING』が達海猛のように強力な牽引役としてサッカーアニメの系譜を変えてもらいたい。
作品データ
監督:紅優 原作:ツジトモ 原案・取材協力:綱本将也
シリーズ構成:川瀬敏文 キャラクターデザイン:熊谷哲矢
美術監督:東潤一 色彩設計:北爪英子 撮影監督:近藤慎与
編集:松村正宏 音楽:森英治 音響監督:高橋剛
アニメーション制作:スタジオディーン
出演:関智一 水島大宙 置鮎龍太郎 川島得愛
〇 浅野真澄 ふくまつ進紗 後藤哲夫 デビット・レッジス
〇 儀武ゆう子 蔵合紗恵子 野浜たまこ 多田野曜平
〇 広田みのる 魚建 宮内敦士 伊藤健太郎
〇 中川慶一 深津智義 武藤正史 川野剛念
〇 佐藤献輔 中田隼人 島崎信長 井田国男
〇 岡哲也 廣田誌夢 早坂愛
もうこれ以上、負けるわけには行かない。経営陣は起死回生の望みにすがり、達海猛をチーム監督に抜擢する。
達海猛はかつて、ETUのチームリーダーだった男だった。引退後は監督に転身し、各地を点々としつつサッカーを盛り上げてきた。アマチュアリーグであるイーストハムをFAカップベスト32まで導いた功績をもつ男だった。
だが達海猛には曰くつきの過去があった。達海猛はかつてETUの監督を引き受けていたが、突如チームを見捨てて海外のチームの監督に就任。達海猛に見捨てられたチームは惨敗し、結果として2軍に地位を落としてしまっていた。
そんな過去を持つ達海にサポーターたちは納得せず、チームにも不穏な空気が漂う。
達海猛は監督就任初日、ひたすら30メートルダッシュだけをやらせ、そのタイムだけで新しいレギュラー候補を決めてしまう。それはベテランを省いた若手中心のチームだった。
納得の行かないベテラン陣から不満の声が上がる。達海猛はならば、と試合をしようと持ちかける。もし負ければ考え直すが、勝てばレギュラー交代、という条件だった……。
だが『GIANT KILLING』はそんなセオリーと系譜から一歩視点を変え、「監督」を主人公に据えた珍しい作品である。
考えてみれば、裏方とはいえ「監督」はスポーツにおいて重要なファクターであったのに、その描き方は極端にシンボリックな存在であっ
それだけに、『GIANT KILLING』の平均年齢は極めて高い。主人公である監督は35歳。経営陣は白髪の混じる壮年。今時珍しい、若いヒロインの登場しないアニメ作品である。
例えば2001年ワールドカップの年に制
一時的な世相の影響で制作されるために、予算はその他の作品より
『GIANT KILLING』もやはり同じ切っ掛けをもつらしく、Jリーグの試合中継と連動して放送されているようだ。サッカーアニメの前途はまだまだ続くようである。
『GIANT KILLING』が達海猛のように強力な牽引役としてサッカーアニメの系譜を変えてもらいたい。
作品データ
監督:紅優 原作:ツジトモ 原案・取材協力:綱本将也
シリーズ構成:川瀬敏文 キャラクターデザイン:熊谷哲矢
美術監督:東潤一 色彩設計:北爪英子 撮影監督:近藤慎与
編集:松村正宏 音楽:森英治 音響監督:高橋剛
アニメーション制作:スタジオディーン
出演:関智一 水島大宙 置鮎龍太郎 川島得愛
〇 浅野真澄 ふくまつ進紗 後藤哲夫 デビット・レッジス
〇 儀武ゆう子 蔵合紗恵子 野浜たまこ 多田野曜平
〇 広田みのる 魚建 宮内敦士 伊藤健太郎
〇 中川慶一 深津智義 武藤正史 川野剛念
〇 佐藤献輔 中田隼人 島崎信長 井田国男
〇 岡哲也 廣田誌夢 早坂愛