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■2016/01/31 (Sun)
創作小説■
第5章 Art Crime
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33
コルリはズボンのポケットに手を突っ込んだ。しかし、何かもどかしそうに宙を見上げて、ポケットの中をごそごそと探る。見付からないらしく、お尻のポケットや、パーカーのポケットを探った。結局出てきたのは、埃を被ったポケットテッシュ一つだけだった。「あれ、鞄の中かな?」
コルリはきょとんとしてポケットテッシュをパーカーのポケットに戻して、天井を見上げた。携帯電話のことだろう。
「家の電話使えば?」
ツグミが提案する。コルリは「そうやね」ともどかしさを引き摺りながら、電話のほうを振り返った。
受話器を手に取り、耳に当てる。番号を押そうとするが、指が所在投げに宙を漂った。
ツグミはどうしたのだろう、とコルリの側に近付いて覗き込もうとした。
すると、コルリが振り返った。ちょっと困った、という顔をしていた。
「繋がってない」
ツグミは「えっ」と思って、コルリから受話器を受け取った。耳に当てても、何も音を鳴らさなかった。番号を押しても、何も反応しない。
コルリがコードを辿って、モジュラー・ジャックを確かめた。間違いなく、接続されていた。
「故障かな?」
ツグミは受話器を置いて、コルリを振り返った。
コルリはコメントしづらそうに、首を捻った。
いつからだろう。そう、しょっちゅう画廊に電話が掛かってくるわけでもないし、まして自分で確かめたりもしないから、いつから壊れていたのか見当が付かなかった。
「じゃあ私、コンビニに行って、電話してくるわ」
コルリは軽く言って、画廊から飛び出そうとした。
ツグミは慌てて、コルリを追いかけてその手を握った。ずっと左頬に当てていたタオルが地面に落ちた。
頭の中に、宮川の言葉が浮かんでいた。外はもうすっかり暗くなっている。決して外に出てはならない。何か危険が待っているような、嫌な予感がした。
「大丈夫や、ツグミ。ちょっとそこまで行って、帰ってくるだけや」
コルリは、ツグミの気持ちを察したように、宥める調子で微笑んだ。
「でも……」
ツグミは不安な気持ちで、コルリを見上げ、首を振った。コルリは、何でもない、というようにツグミを覗き込み、ニコッと笑った。
「大丈夫。足には自信があるから。何かあったら全力で逃げたるわ。それに、こんな街中やで? あいつらもそうそう手出さへんやろ。だから、なっ」
コルリは落ち着いた言葉でツグミを説得して、握ったままのツグミの掌に自分の掌を重ねた。
ツグミは不安を引き摺りながら「うん」と頷き、コルリを掴む手を離した。
「ついでに何かおかず買ってくるわ。お米研いどってな。玄関、鍵かけるんやで。変な人が来たら、居留守使っていいからな」
コルリは言付けを残すと、ツグミに手を振って、ガラス戸の外に出て行った。
ツグミは嫌な気持ちを引き摺りながら、コルリが去っていったガラス戸を見詰めていた。暖簾がゆるやかに揺れて、足音が軽やかに遠ざかっていくのが聞こえた。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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