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■2016/04/10 (Sun)
創作小説■
第6章 フェイク
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32
二ノ宮が作業員たちに向かって「運べ」と指示を出した。作業員たちはコンテナのベニヤを戻し、2人がかりで持ち上げた。作業員の1人が黒のワゴン車に戻り、観音開きのハッチを開けた。
二ノ宮と運転手の男がトヨタ・クラウンに戻ろうと踵を返した。
「私も同席させてもらうで。持ち逃げされたら堪らんからな」
ツグミは二ノ宮を追って、2歩進み出た。これでも精一杯の勇気だ。
二ノ宮が振り返った。どうやら二ノ宮の杖は飾りで、歩くのに障害はないようだ。
「もちろんだ。お姉さんと対面したいだろうからな。乗りたまえ」
二ノ宮がにやりと笑った。ツグミの要求をあらかじめ察していたようだった。にやりと歪めた提灯アンコウの顔が、不気味を通り越して不快だった。
運転席の男が、トヨタ・クラウンの後部ドアを開けた。二ノ宮が「さあ入りたまえ」と促す。
ツグミはトヨタ・クラウンの後部座席を前にして、唾を飲み込んだ。脚が震えて、竦んでしまった。
すると、誰かがツグミの掌を掴んだ。ツグミはびっくりして振り返った。するとそこに、岡田の顔があった。
「本当に大丈夫か。俺、従いて行かんでええんか」
岡田の顔が近くにあって、一瞬ぎょっとしたが、岡田の顔は厳しく、慎重だった。
「大丈夫や岡田さん。きっとうまく行きます。ありがとう、岡田さん」
岡田の言葉に、少し慰められるような気持ちになったツグミは、岡田に握られた手を両掌で握り替えした。
むしろ岡田が従いて行くと、岡田の身に危険が及ぶ。二ノ宮たちはおそらくツグミに危害を加えないだろう。二ノ宮たちにとっても、ツグミは貴重な存在だ。ツグミ自身、そういう自覚があった。
しかし岡田の存在には、あまり価値がない。だからどう扱われるかの保証ができない。岡田自身も、そういう立場はわかっていた。
だから、岡田はツグミが決意の表情を見せると、大人しく引き下がった。
ワンクッション置いたから、少し気持ちに余裕ができた。ツグミは杖を突いて、トヨタ・クラウンに乗り込んだ。奥へ詰めると、二ノ宮が乗り込んでくる。
トヨタ・クラウン内部は清潔に保たれていた。シートは高級品だったし、軽やかな芳香剤の香りに包まれていた。しかしツグミは、二ノ宮が不快で反対側のドアに体が付くくらい奥に詰めた。二ノ宮の体臭は、岡田のワゴン車どころではない悪臭だった。
後部ドアが閉じられた。運転席に男が戻り、エンジンを点火させた。
黒のワゴン車が先行した。トヨタ・クラウンはワゴン車の後を追って、出発した。
トヨタ・クラウンが駐車場を出る。六甲山の道路は、周囲が鬱蒼とした森に囲まれている。まだ夕暮れの前だったけど、六甲の道路は暗く翳っていた。
トヨタ・クラウンがヘッドライトを点ける。光の中がくっきりと浮かぶ。
ツグミは杖に両掌を置いて、うなだれた。
「車酔いかな。長くなるから、吐きたいときには言いたまえ」
二ノ宮の声には感情がなかった。だが、どこか嘲るように思えた。
ツグミはうなだれたまま、目だけで二ノ宮を睨み付けた。側で声を聞くと、予想を越えて不快だった。「あんたが不愉快で吐きそうやわ」と言ってやりたかったけど、無用な挑発は避けたかった。
「あ、アイマスク、付けなくて、いいんか」
強気に言おうとしたけど、恐くて吃ってしまった。
ツグミは、汗の下に大量の汗を掻いていた。なのに、暑いのか寒いのか、自分でもよくわからなかった。全身が痺れる感じだった。体温調節がまともに働いていなかった。
「もう必要ない。隠す秘密ではなくなってしまったからな。それに、今から来てもらう場所は、一日限りで解散する」
二ノ宮は無感情の中に、優越と余裕が浮かんでいた。
「アンタらの根城は、警察に知らせたで。そろそろヤバいんとちゃうんか」
ツグミは挑発的に出た。コルリの撮影したあの写真は、すでに警察に提出済みだった。
しかし二ノ宮は、ツグミの挑発を軽く受け流した。
「あの場所は、すでに解散した。警察が追跡できないよう、後始末も済ませてある。あそこはとっくに廃墟になっている。君の姉さんは、余計な詮索をしてくれたよ」
「金に余裕があるんやな」
ツグミは追撃のつもりで、皮肉っぽく笑った。
すると、二ノ宮がにやりと笑った。もともと出来損ないの造形物である二ノ宮の顔が、にやりと崩れて、ツグミはさらに不快に感じた。
「たった今、10億円の絵が手に入ったからな。それにこの仕事が終われば150億円の絵も手に入る。少々の損失だ。痛くとも何ともない」
ツグミは二ノ宮の顔を、横目で睨み付けた。心の内でこの男を嗤ってやりたい気分だった。前方を走るワゴン車に入っているあのレンブラントは、贋作なのだから。
しかし勝利宣言はまだ早い。コルリが救い出すまで、感情を抑えていよう。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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