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■2016/04/12 (Tue)
創作小説■
第6章 フェイク
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33
六甲山の道路は、蛇の体のようにうねうねと波打っていた。行く先は森で遮られて、何も見えなかった。トヨタ・クラウンは速度を落としながら、ゆっくりのペースで進んでいく。意外と安全運転だった。
空はどんどん暗くなっていく。5時を過ぎると、もう雲がかすかに青く浮かぶだけだった。森に囲まれた道路は、ヘッドライトの周囲だけが明るく浮かばせ、あとは暗く沈んだ。
間もなく、トヨタ・クラウンは阪神高速の料金所に入った。料金所を潜る時、ワゴン車との間に何台か割り込んできた。もたもたしている間に、先行したワゴン車と引き離されてしまった。
高速道路に入ると、明るいオレンジの光に包まれた。防音壁が、道の両側を遮っている。
夜が近かった。防音壁が暗い青色に浮かんでいる。
車の中はしばらく沈黙していた。ツグミが沈黙を破るように、質問を投げかけた。
「1つ、聞いてもいいか。……『ガードナー事件』。あれ、アンタらが起こしたんか」
この男と対話したくなかったが、情報収集のためだ、とツグミは割り切った。
美術品盗難の多くは、小品を狙う。大作はリスクが高いからだ。首尾よく盗めたとしても、有名すぎる盗難品はコレクターも手にするのを恐れてしまう。大作が狙われるケースは、すでに売却先の決まっている『依頼強盗』だ。
「いいや、違う。しかしクライアントは確かに日本人だった。ある港湾会社が、組織的に強盗を計画した」
二ノ宮がちらとツグミを見た。ツグミは二ノ宮の目線がいやらしく感じて、目を逸らした。
オレンジの照明が何度も通り過ぎていった。その度に、車の中がオレンジの光で浮かび上がった。
「協力したのは日本人だけじゃないやろ」
ツグミはカマを掛けるつもりで、挑発した。遠いアメリカの美術館の絵画を盗むのだ。1つの企業では、どう考えても手に余る。
「もちろんだ。各国港湾会社、航空会社。それに外交官も協力した」
二ノ宮が呟くように解説した。
「『外交行嚢』やな」
ツグミは確認するように二ノ宮を振り返った。
「その通りだ」
二ノ宮が短く、即答した。
ツグミは何もかも納得して、うつむいた。二ノ宮から得られた情報を、頭の中で整理しようとした。
そもそも美術品を国外に持ち出すのは難しい。特に欧米では、美術に対する関心が日本とはまるで違う。税関のチェックも、日本などと較べて遙かに厳しい。
フェルメールクラスの美術品となると厳しさはさらに増大する。奇跡でも起こらない限り、国境を越える事態はまずあり得ない。それが盗難であれば、なおさらだ。
だが、外交官が密輸に協力していたとなると話が違ってくる。
『外交行嚢』とは、外交官が公文書を入れて運ぶ特別な荷物便だ。外交行嚢ならばあらゆる検査はノーチェックで通過できる。
実際の例として、外交行嚢に密輸品が混じっていた前例がある。
1995年、あるオークションにウィンスロー・ホーマー(※1)の水彩画が、競売に掛けられた。このホーマーの水彩画が盗品であった。メキシコからアメリカに密輸された絵画だった(※2)。
しかし警察がいくら調査しても、問題の絵が税関を通った記憶は見つからなかった。警察がようやく辿り着いた結論が、外交行嚢だった。
※1 ウィンスロー・ホーマー 1836~1910年。アメリカ出身。水彩画の自然の風景を描いた画家。
※2 実際の事件。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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