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■2016/04/08 (Fri)
創作小説■
第6章 フェイク
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31
二ノ宮が黒のワゴン車を振り返った。「それでは、まずレンブラントを拝見させてもらおう」
黒のワゴン車から3人の男が降りてきた。3人の男は運送屋のような白の作業着を着ていた。
作業着の男たちはみんな体が大きく、堅気商売ではない雰囲気があった。作業員の1人が、捲り上げた袖からちらと入れ墨を見せていた。
二ノ宮が作業着の男たちを引き連れて、岡田のワゴン車に近付いた。
岡田がワゴン車の後部ハッチに進んだ。二ノ宮と作業員も、ワゴン車の後部ハッチに集まってくる。ツグミは一同から遅れて、後ろに従いた。
岡田がワゴン車の鍵を開けて、ハッチを上げた。作業員の男が2人、岡田を押しのけてワゴン車の中に入った。
作業着の男2人で、ワゴン車の中のコンテナを持ち上げた。中はキャンバスが1枚入っているだけだから、重くはないはずだ。2人で持ち上げるのは、中を平衡に保つ必要があるからだ。10億円の絵画が入っていると思っているから、扱いは慎重だった。
作業着の男たちは、コンテナのバランスを崩さないように外に出した。そういった作業は慣れているようだった。コンテナはそっと地面の上に下ろされた。
もう1人の作業員が、バールを用意していた。バールで、コンテナ表面を覆うベニヤを外した。
中からレンブラントの『ガリラヤの海の嵐』が現れた。
『ガリラヤの海の嵐』は横向けにされた状態で、四方を角材で、完全に固定されていた。残った空間には緩衝材の綿が敷き詰められていた。
ツグミは男たちの後ろから、初めて修正された『ガリラヤの海の嵐』を見た。正直に感心した。もともと贋作として見事な完成度だったが、さらに精度は上がっていた。もはや、モレリ式鑑定法では真贋の区別は付けられないだろう。
「まず、撮影させてもらおう」
二ノ宮が運転席の男を振り返った。運転席の男は、カメラを用意していた。一眼レフカメラだ。
赤外線カメラだな、とツグミは思った。一眼レフカメラは感度が高く、可視光線以外の光も捉えてしまう。だから一眼レフカメラには通常、偏光フィルターが取り付けられている。この偏光フィルターで、可視光線以外の光が排除されるように調節される。
この偏光フィルターを操作する。あるいは特殊なものに替えるなどをすれば、赤外線に『透視撮影』が可能になるわけだ。
『透視撮影』を絵画に向けると、上に塗られた絵具が消える。つまり、下絵が現れる。
過去の絵には、後になって描き足されたものが意外に多くある。もともとは海の絵だったのに、後の誰かが帆船を書き足してしまったり。そうした、元々がどんな絵だったかを炙り出すのに、赤外線撮影は有効である。
また赤外線撮影は、真贋を区別する初歩の検査だった。
運転手の男が、一眼レフカメラで『ガリラヤの海の嵐』を撮影した。フラッシュの光が眩しく瞬く。
撮影を終えて、二ノ宮が一眼レフカメラのディスプレイを覗き込んだ。
「下書きは問題ないようだな。随分と修正が多いようだが」
二ノ宮は感心するわけでもなく、訝しむわけでもなく、淡々としていた。
ツグミはディスプレイにどんな画像が映し出されているのか、だいたい想像できた。
「当たり前や。『ガリラヤの海の嵐』は盗難された時、丸めて運ばれたんや。絵具がだいぶ剥離していたから、今日のために頑張って修復したんや」
ツグミは手で紙を丸める仕草をしてみせた。最初から用意していた台詞だ。
『ガリラヤの海の嵐』は、縦幅160センチもある大作だ。そのままで持ち運ぶのはあまりにも目立つ。もしこの絵を盗んで運ぼうと思ったら、木枠から外して丸めるだろう。
カメラのディスプレイには多分、『ガリラヤの海の嵐』の中央に描かれた舟の大半が消えたに違いない。その上に、修正が加えられた跡がぽつぽつと浮かび上がってきたのだろう。
レンブラントの絵画は緻密で知られるが、実はキャンバスに下書きをほとんど描かなかった。レンブラントは構図やデッサンで悩まなかった。それらは、ほとんど習作の段階で解消されていた。だからレンブラントは、絵を描き始めて完成まで非常に早かったと伝えられている。
天才・川村の技術力だ。レンブラントが絵を描く過程まで、完璧に再現したに違いなかった。
そこにいた男たち全員が、ツグミを振り返った。ツグミは嘘がバレないように、男たちを自信たっぷりに睨み返してやった。
二ノ宮は、ツグミの説明に納得したように頷いた。
「確かにそれなら納得ができる。しかし我々の手で、精確に調べさせてもらう。取引はそれが終わってからだ」
二ノ宮の口調に、交渉人としての厳しさがあるように思えた。
ツグミはうつむいて、誰にも悟られないように、ホッと息をついた。何とか、透視撮影による鑑定をクリアできたようだ。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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