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■2016/03/23 (Wed)
創作小説■
第6章 フェイク
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23
ツグミは餃子屋の屋台の裏に引き込まれた。売り子のおばさんに掴まれて、地面に押し倒されていた。慌てたツグミは手足を振り回そうとしたが、おばさんはツグミに顔を寄せた。「裏口から逃げて」
おばさんはツグミに顔を寄せて、低く呟くような声で囁いた。堅気の人の言い方とは思えなかった。
ツグミは恐かったけど、状況を理解して、大人しくコクコクと頷いた。
おばさんがツグミを解放した。解放されて、ツグミは思わず頭を上げそうになる。するとおばさんが、ツグミの頭を掴んで、ぐいっと押し込んだ。そうだ、ここは屋台の後ろだ。頭を上げると誰かに見られてしまう。
ツグミは這いつくばった姿勢で、屋台の後ろの建物に入った。動かない左足を、引き摺ってしまった。
建物の陰に入ると、すぐに体を起こした。扉の横の壁にもたれかかる。ここまで来て、ふぅと息が漏れた。その体勢で、屋台の外をちらっと見た。
屋台の向こうに高田の姿が見えた。高田はツグミがいないのに気付いて、慌てて辺りを見回していた。
ツグミは心の中で高田に「ごめんなさい」をすると、杖を突いてゆっくりと立ち上がった。
建物の中は厨房になっていて、白衣を着た料理人が、黙々と餃子の皮に肉を詰めていた。
料理人は白い髭をたくわえた、いかにも頑固そうなおじさんだった。おじさんはツグミの存在に気付かないみたいに、餃子に肉を詰める作業に没頭していた。
ツグミはおじさんに小さく会釈をして、厨房を通り抜けた。
厨房を抜けると、事務所や2階に上がる階段があった。その向こうに裏口のドアがあった。
ツグミはそっとドアを開けた。ドアの向こうは路地になっていた。人通りはなく、表の喧噪がずっと後ろに遠ざかった。真っ白なゴミ袋が一杯に積み上げられていた。そのゴミ袋の山の上に小さな黒猫が一匹いて、何事かとツグミを見下ろしていた。
どっちに行けばいいのだろう。ツグミは路地の左右を見て迷ってしまった。
すると、ドアが開いてさっきの白髭のおじさんが出てきた。ツグミは、上目遣いに白髭を振り返った。白髭のおじさんは体格が良かったし、顔もいかつい感じで恐かった。
白髭のおじさんは、無言で指をさした。南京町の反対方向、アーケードのある方向だった。人で溢れる向こう側に、もう一つ細い路地があるのが見えた。
白髭のおじさんは、最後までツグミを見もせず、言葉も掛けず、まるでツグミなどいないかのように振る舞い、厨房に戻ってしまった。
ツグミは閉じられたドアを茫然と見て、それから軽く頭を下げた。
気を取り直して、ツグミは振り返った。杖を突いて、ゴミの山を掻き分けた。ゴミはツグミの背丈以上に高く積み上がっていて、しかも路地を遮るくらいに溢れ返っていた。踏まないように潜り抜けるというのはできそうになかった。
杖を突いて、大きく足を広げて、不安定なゴミ袋を踏み確かめながら、ゆっくりと向こう側へと進もうとする。
ゴミの山をいくつか崩してしまった。黒い子猫が悲鳴を上げながら、転がり落ちてきた。ツグミもびっくりして悲鳴を上げそうになった。
ようやくツグミは、アーケードの前までやってきた。アーケードはもの凄い勢いで人が流れていく。人が勢いの強い川のように思えて、入って行くには躊躇うものがあった。
ツグミは雑踏に切れ目を見つけて、飛び込んでいった。杖を突いて、向かい側の路地を目指す。
しかし人の勢いは激しい。ツグミは何度も群衆に飲み込まれそうになった。早足で飛び出してくる人に、ぶつかりそうになる。何人か、流れを掻き分けて進むツグミを、迷惑そうに睨み付けた。ツグミは背が低いから、寸前まで見えないのだ。
ツグミはそれこそ川の流れを掻き分けるような気分で進み、ようやく向こう側の路地に到着した。
次の路地はかなり細い。建物と建物の狭間みたいな場所だった。道幅はツグミの肩幅よりも狭い。小柄なツグミでもなんとか、というくらいで、普通の人が入っていける場所ではないし、入ろうとも思わないだろう。それにかなり臭い。曇りがちな空のせいで路地は薄い闇を漂わせていたし、室外機から吹き出た蒸気で向こう側が見通せないくらい灰色に曇っていた。
ツグミは体を横に向けて、路地裏に入っていった。排水パイプをよけるが、コートが何かに引っ掛かる。
その度にバランスを崩して、壁に手をついてしまった。壁は汚くて、触れるとぬるっとした黒い物が手にこびりついた。
真っ黒になった掌を見て、「うわぁ」と不快な息を漏らした。思わず引き返そうかと思ってしまった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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