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■2016/03/18 (Fri)
創作小説■
第10章 クロースの軍団
前回を読む
11
オークは兵士達を引き連れ、翌日の夜、セルタの砦に到着した。兵士達は長旅で疲れを見せていたが、休んでいる場合ではない。セルタの砦では兵士達が脅威を前にして、戦闘準備に取りかかっていた。オーク達が引き連れた部隊が、その仕事に加わった。
ギード
「オーク殿! よくぞおいでくださった。さあ、急いで!」
オーク
「敵は? 何か情報はありませんか」
ギード
「情報はまだありません。斥候が戻ってくるのを待ってください。ただ、見たことのない軍団であることしか……。おそらくロマリアの兵団ではないかと思われますが……」
アステリクス
「しかし奴らはこの土地をよく知り、人目につかない道を選んで向かってきています。手引きした者が誰なのか、知りたいところですな」
オーク
「その詮索は捕虜でも取った後にでも考えましょう。私が指揮を執ります。早く兵士に配置につくようにしてください」
ギード
「はっ」
オークは馬を預けると、慌ただしい様子の中へと入っていった。砦に入り、階段を登って縁まで進み出ると、南の地平線を見詰めた。
セルタの砦――元はケール・イズの長城であった場所だ。1年前の戦いの後、復旧が進められ、近代的な要塞として甦り、「セルタの砦」と名付けられていた。1年前は頼りなげだった石積みの障壁は、今や10メートルに及ぶ堅牢な防壁となって、南北の交通を完全に遮断している。駐在する兵士の数も増え、要塞としての防御力は完成したといってもいい。それだけに、王城とは違いセルタの砦では、向かってきた敵をいち早く察知でき、その対応のために活動を始めていた。
その一方、ここを破られたら、後方は何の防衛準備のない王城だけである。しかも大門は復旧されておらず、防壁として機能していない。ここが踏ん張りどころだった。
間もなく偵察が戻ってきた。2人1組で行かせたはずが、戻ってきたのは1人だった。
ギード
「どうだ? 情報は?」
兵士
「兵の数は6万! 数ばかりではなく、装備も上等のものが用意されています。もの凄い大軍勢です」
オーク
「首謀者は? 何かわかったことは?」
兵士
「わかりません。ただ……」
見張り
「来たぞ! 敵だ! 敵だ!」
見張り塔の兵士が声を上げた。
見ると、向こうの地平線が、朝日の光に青く浮かび上がり始めていた。そこに、騎馬が僅か数騎、旗を片手に異国の言葉で何かを叫んでいた。それに続くように、向こうの方からどっと騒音が鳴り響いた。はじめは激しい雨のような騒音だったが、やがてそれは地鳴りとなってセルタの砦に迫ってきて、地面をぐらぐらと揺らした。
騎馬に引き連れられるように、歩兵が丘から姿を現した。はじめはぽつぽつとしていたが、やがて地平線の西から東を埋め尽くすほどの大軍勢となった。
敵軍の数は凄まじかった。しかも、ただ異民族をかき集めた付け焼き刃の決起ではない。騎士も歩兵も、上等の白銀の鎖帷子で身を包んでいる。先頭に立つのは壮麗な鎧姿の騎士たちだった。長い槍が森林のごとく並び、無数の旗がはためいていた。軍団の中心で、彼らのシンボルと思われる巨大な十字架を載せた車が、ゆっくりと移動していた。
軍団は長城を前にして止まった。
ギード
「先代はこれを危惧しておりました。だからこそ神器を集めさせようとしていたのです。ケルトを奮い立たせ、夷狄の侵入を防ぐために……」
アステリクス
「話し合いが通じる相手でしょうか」
オーク
「わかりません」
砦はまだ戦闘準備が完全に終わっていなかった。兵士達が銃眼に並び、通用口を通って騎兵が長城の南側に整列する。
朝の光が、状況を詳らかにさせている。明らかにセルタの砦は不利な状況だった。オークは階段を降りて馬に乗り、通用口を潜って騎士達の隊列に加わった。
オーク
「王への伝令を頼みます。首謀者も目的もわかれば、軍隊を集めやすいでしょう」
指示を受けた兵士が、急いで城に向かった。
オークは改めて敵の軍団を見た。途方もない数であった。あの軍団に挑むこと自体、無謀に思えた。圧倒的すぎる軍団を前に、兵士達の士気もみるみる萎えていくのを感じた。
やがて敵軍の1人が、わずかな従者だけを連れて前に進み出た。神官のようだ。鎖帷子の上にローブを羽織っている。手には先端が大きな十字になっている杖が握られていた。
オークもアステリクスだけ連れて、前で出た。
オーク
「ヴォーティガン王の股肱の臣、オークと申す。名は?」
ジオーレ
「ジオーレだ。神の教えを北の蛮族どもに伝えるために遣わされた者だ。なぜ王がこの場にいない?」
オーク
「王はいま不在です。要件なら、私が受けましょう」
ジオーレ
「ならば交渉はなしだ。無礼な王の国は、神の雷に滅ぶがよい」
ジオーレは背を向けてしまった。
オーク
「話し合いを! あなたの戦う理由はなんですか」
するとジオーレが足を止めた。
ジオーレ
「――理由? 決まっておるだろう。無知な蛮族の考えを改め、クロースの教えを広めるためだ。それでも考えを改めない愚か者は、鞭で叩いてわからせるまでだ」
オーク
「我らはひとつの民に過ぎない。あなた達もひとつの宗教に過ぎない。こんな戦いにどんな意味があるのか」
ジオーレ
「無知な蛮族がさかしらに言葉を操りおるわ。わかっていないようならよく聞け。愚か者どもよ。クロースの教えのみが正義であり、それ以外の全てが悪だ。だから我々の務めは、お前達のような悪を討たねばならぬのだ」
それからジオーレは、自分の軍団に向かって宣言するように言った。
ジオーレ
「世界はクロースのものだ! 服従しない悪は、我らが偉大なる神の前に滅ぶのだ!」
ジオーレの宣言に、クロースの大軍勢が声を合わせた。「神の祝福を! 神の奇跡を!」6万人に及ぶ兵士達の声が、砦全体を包むばかりか、周囲の森までも揺るがした。
話し合いは言うまでもなく決裂だった。オークは仲間達の許に戻った。
アステリクス
「――オーク様」
オーク
「狂っています。会話になりません」
感想はそれだけだった。それで充分だった。
戦いがはじまった。クロース軍の僧侶達が列の前に並び、呪文を唱えた。僧侶達が持っている杖の先端から光が放たれる。戦場が一瞬、真っ白に照らされた。
それを合図に、クロース軍が一斉に火の矢を放った。数千人が一度に放つ矢の数は凄まじく、空は一瞬、イナゴの大群が押し寄せたように黒く覆われ、次の瞬間には滝がなだれうったように降り注いだ。火の矢は雹のごとく降り注いで、矢除けの屋根を貫き、石壁を削り、鎧すら貫通し、砦に火を放った。
セルタの砦はもちろん矢に対する備えをしていた。石壁に矢を避けつつ、火矢が放った火の消火に当たった。
クロース軍は、次に戦車の行列を長城に向けて突進させた。
オーク達も歩兵を率いて突進した。しかし完全武装の戦車の威力は圧倒的で、抵抗する間もなく兵士達は轢き潰され、敵の刃の前に倒れた。
オークたちは果敢に立ち向かい、馬車に取り付き、その進路を乱すと操縦者を突き落とした。
次にクロース軍の騎士団が迫った。その数はわずか200騎と決して多くはないものの、完璧な武装と統制は力を持ち、圧倒的な速度でガラティアの歩兵を蹴散らしていった。
あからさまに劣勢だった。オーク達は敵の攻撃を防いでいたが、敵の本陣へは一歩も近付けずにいた。しかもそこにクロース軍の歩兵が動き始める。長槍を前に向かってくる一団は、まるで森が動いたようにすら見えた。
オーク
「撤退だ! 壁の後ろに下がれ! 撤退だ!」
大軍勢を前に、すごすごと逃げるようだった。兵士達は壁の後ろへと撤退する。弓兵が援護をする。すでに兵士達に士気はなく、恐れるばかりだった。
オーク
「戦え! 恐れるな! カエサルを退けたケルトの勇気を見せよ!」
しかしオークの檄も、兵士達には通じなかった。
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