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■2016/03/09 (Wed)
創作小説■
第6章 フェイク
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16
ツグミはもう必要ないから、メモ帳をコートのポケットにしまいこんだ。「あと、できれば絵具の修復もお願いしたいんですけど」
「絵具? どういうことや」
岡田はちょっと意味がわからない、といった様子だった。
「この絵、最近の修復で、使われている絵具が新しくなっているんです。白は亜鉛白だし、黄色は、多分、カドミウム・イエローですね。岡田さん、たしかイタリア製シェンナ持っとったでしょ。それからスマルト・ブルー。骨を焼いて作った、リン酸カルシウムのブラック。……お願いできますか?」
ツグミは紫の布を見詰めながら注文を並べて、最後に岡田を振り返った。
レンブラントはあまり多くの絵具を使用しなかった。少なく見ても、僅かに5色。多めに見ても10色を越えるケースはない。図版を見ても、青ならどの絵を見ても同じ青が使用されているのがわかる。
しかも、フェルメールのような高級な素材を使用しなかった。レンブラントが使用した絵具は、現在でも容易に手に入れ、作り出すことができる。
「そうか。万全な状態にして、依頼主に渡したいわけやな。任せろ。期間はどれくらいや」
悪賢い人間は頭の回転が速い。天才と詐欺師がどこで別れるかといえば、天才は自身のテーマにのみ向かい、詐欺師は他人のテーマを盗み取る、というところだろう。岡田は詐欺師としての才能で、何もかも理解してくれた。
レンブラントの贋作を、科学的に完全な“本物”に仕立て上げるのだ。
「2日です。きついのは重々承知していますけど……」
ツグミは気を遣う調子になった。かなり無茶なお願いなのはわかっている。
しかし岡田は頼もしげに頷いた。
「嬢ちゃんのためや。知り合いを動員して引き受けたろ。受け渡しはどうするんや」
「受け渡し……どうしよう」
考えていなかった。ツグミはちょっと困って、目線を逸らした。警察がぴったり貼り付いているのに、100号の絵を持って誘拐犯と接触を持つなんて、できるはずがない。
「そうやな。2日後、こっちから電話を掛けるわ。わし、日曜日に仕事があんねん。電話を掛けるから、指定した場所まで、来てくれ」
岡田には何か考えがあるのだろう。
ツグミは岡田を振り返った。岡田が何を考えついたかまではわからない。今はとにかく、岡田を信じよう。悪巧みでは岡田のほうがずっと上だ。何かしら考えがあるのだろう。
「岡田さん、本当にありがとうございます。お金は後で必ず払いますから。あ、この絵は大切に保管しておいてくださいね。後で引き取りに来ますから」
ツグミは岡田に素直な感謝を述べて頭を下げた。それから、棚の上に置いたニコラ・プッサンの模写を指した。こちらの模写については、後でかな恵に謝らないといけない。
岡田はツグミの肩を気安く叩いた。
「心配せんで、ええがな。わしとお嬢ちゃんの仲やんか」
どこか、不適切に聞こえる言葉だった。
ツグミの胸からさっと感謝が消えて、笑顔が引きつった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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