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■2016/03/07 (Mon)
第6章 フェイク

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15
 ツグミは杖を突いて、岡田の前まで進もうとした。行く先を画板の束が遮っている。
 目の前の画板を飛び越えようとしたけど、うまくいかない。ツグミは岡田に助けられながら、何とか画板の向こう側に移動した。
 岡田がいたその周辺は、高い位置の窓から光が射していて、寒々とした部屋の中にあって、辛うじてぬくもりの得られる場所だった。
 ツグミはまず持ってきたニコラ・プッサンの絵を棚の上に置いた。それから、布ズレの音を立てないように、トレンチコートのポケットからメモ帳とボールペンを引っ張り出した。
「実は、見てもらいたいものがあるんです」
 ツグミは言いながら、ささっとメモに文字を書いた。
“警察が携帯で聞いている。話を合わせて”
 ツグミはメモ帳を岡田に見せた。ボールペンで後ろの暖簾を示す。
「どれや。見せてみい」
 岡田の顔付きが、はっきりと緊張した。事態を察したようだ。いや、岡田には後ろ暗いところが一杯あるからかも知れないけど。
「絵をちょっと破いてしまったんです。それで、岡田さんに修理を頼みたいと思って。岡田さん、そういう知り合い一杯いるでしょ?」
 ツグミは困ったふうな声色を使いながら、メモ帳をめくり、また文字を書く。
“コルリが誘拐された。犯人は『ガリラヤ』を所望している”
 岡田はメモを見て、次に部屋の奥を振り返った。部屋の一番奥に『ガリラヤの海の嵐』はあった。以前見た時と同じように、わざとらしい紫の布が被せてあった。贋作とわかった後でも、丁重に保管しているらしかった。
「でも、大丈夫か? 警察が何か言うんちゃうか」
 岡田は言葉に気をつけながら、懸念を示した。
「警察はまだ何も知らないから。依頼人にばれる前に、片付けたいんです」
 ツグミは、書くのに集中してしまって、言葉が棒読みみたいになってしまった。喋りながら書くのは、意外と難しい。
”犯人は私1人と交渉したがっている”
「それでも難しい話やで。だって、よくできた絵やけど……」
 岡田は腕組みをして、軽く唸った。なにせ、あの『ガリラヤの海の嵐』は贋作なのだ。それを知っている立場だと、どうしてもそういう反応になってしまう。
 ツグミは、今度はメモだけで反論した。
“犯人は『本物』だと思っている”
 メモ帳を見て、岡田がにやっと笑った。
「そうやな。嬢ちゃんのためや。よし、わかった。わしに任せとけ!」
 岡田は、拳で自分の胸を叩いた。
 本来、こういう話が好きな男だ。普段から、贋物と本物をごちゃごちゃにして物を売るような男だ。
 だから、レンブラントの贋物を売りつけるんだと思うと、血が騒ぐのだろう。

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目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。

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