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■2016/05/21 (Sat)
創作小説■
第12章 魔王覚醒
前回を読む
9
キール・ブリシュト。本来の名を知る者はなく、主に見捨てられ、おぞましき魔獣の巣窟となっている建築群。そこに、本来の主が戻ろうとしていた。クロースの神官達である。山脈の小道は怪しい霧で包まれている。神官達を多くの騎士達が護衛している。魔界の住人達が気配こそちらつかせるものの、襲いかかる様子はない。まるで本来の主を迎え入れるような、例にない静けさに包まれていた。
間もなく神官達はキール・ブリシュトに到着し、その玄関先に寝泊まりするためのテント郡を築き、内部の調査を開始した。もともと広大かつ複雑なうえに、1年前の戦いで多くの施設が崩壊されていた。兵士達が瓦礫を取り除き、新しく通路を復旧しながら、少しずつ奥へ奥へと進路を進めていった。ネフィリムは気配は見せていたが、1度も神官達を襲わなかった。
神官達が陣を敷いて4日目。ようやく地下への入り口を見付けた。
兵士
「見付けたぞ! 入口だ!」
兵士の声に、神官達が集まってきた。
瓦礫が掻き分けられたそこに、ぽっかりと深い穴が穿たれていた。下に向かう階段が作られていたが、その向こうに目に見えない何かがあるみたいな闇が塞がって、数歩先も見通せなかった。
ジオーレ
「ご苦労。行くぞ」
歴戦の勇者ですら震え上がる闇の中へ、ジオーレは何の躊躇いなく入っていった。入るよう指示が下されたが、従いて行ったのは、わずかな兵士と従者だけだった。
真っ暗闇はどこまでも続いた。松明を点けるが、ごく僅かしか照らさない。神官が杖の先に魔法の光を宿すが、それすらあまり効果がなかった。それどころか闇はさらに濃くなっていき、松明の明かりも魔法の光も、次第に辺りを照らさなくなった。
それに奥へと潜っていくと、なんともいえない暗黒の底に、ぞっとするような気配が忍び寄ってきて、神の祝福を受けた者でさえ、恐怖のあまりに理性を失い、悲鳴を上げて階段を引き返してしまった。
螺旋階段は、紛れもなく暗黒世界の中心部へと向かっていた。石階段を叩く靴の音も闇に吸い込まれるように小さくなり、代わりに異様な静寂が漂う。寒くもないのに、身の内から寒気が忍び寄るのを感じた。
神官達が手にする杖の光も、もう曇り空の星くらいの力しかなかった。
階段は長く、時間さえ置き去りにしているような奇妙な感覚が一同を襲う。この長い階段は、永遠に尽きないのではないか、と感じさせるものがあった。
やがて静寂の奥から、闇の住人の囁き声が漂うような気がし始める。それらの全てが、そこが真の闇世界へ通じている事実を物語っていた。
なのに、ジオーレは表情を変えず、むしろ奥へ奥へ向かうごとに口の端を愉快そうに吊り上げていた。
やがて螺旋階段が終わった。扉が行く手を遮っている。ジオーレは兵士達に命じて、扉を開けさせた。次に現れた階段も降りていき、ついに一同は最下層に辿り着いた。
一同の前に、巨大な門が立ちはだかった。一目で見て、人間には不要なほど大きな扉だった。
ジオーレ
「この扉を開けろ」
神官
「そ、そんな……」
神官
「もう帰りましょう。もう充分です」
みんな怯えきって悲鳴のような声を上げていた。
ジオーレ
「何を言っている。これから悪魔の王が出てくるんだ。扉くらい開けてやらんでどうする」
神官
「…………」
ジオーレの言葉は冷淡だった。あまりの冷徹さに、神官達も兵達も茫然とする。
大門には左右それぞれに鎖が取り付けられ、鎖は明らかに人間用ではない巨大な取っ手のついた巻き上げ機に繋がっていた。だが、それはすでに壊されていた。仕方なく、神官と兵士達は鎖を握り、力を合わせて扉を開けた。
扉がわずかに開いた。開いた隙間から、闇が垂れ込んできた。扉の向こうから真っ黒な何かが溢れ出してきて、広間に置かれた光を奪っていった。
理解不能な何かが辺りを漂い始め、兵士も神官も、1人ずつ気が狂ったような悲鳴を上げて、暗闇へと遁走してしまう。
ジオーレだけが扉の向こうから溢れ出してくる闇に対して、両手を広げて浴び、その顔に恍惚を浮かべていた。
ようやく人間1人分の隙間ができて、ジオーレはその向こうに入っていった。扉の向こうに、悪魔の王がいた。今は魂なき石となっているが、圧倒的な威容と、そこから溢れ出す妖気は今も変わらなかった。
ジオーレ
「これが悪魔の王か」
兵士
「な、なんとおぞましい。このようなものは、見たことがないし……2度と見たくはありません」
ジオーレ
「そうかね。私は気に入ったぞ。実に美しい。実に力強い。これこそ王に相応しいものではないか」
兵士
「しかし、どうやってこやつを地上に連れ出すというのでしょう。こんな巨大なもの、千人の人夫でも足りませぬ」
ジオーレ
「無論だ。だから封印を解くのだ」
兵士
「封印……それは?」
ジオーレ
「こいつにかけられた封印は、他の悪魔達とは違って特別だ。しかし最も単純な封印がかけられている。太陽の光が、鍵になっている」
兵士
「それは不可能です。かような地底の奥に太陽の光を持ち込むなんてありえません。どんな奇跡が起ころうとも」
ジオーレ
「そそっかしい奴だな。奇跡なら我が掌にある。我が杖に。――悪魔の王よ、目覚めよ! 全ての眷属をつれて私に従うのだ! ――ホーリー!」
呪文を唱えると、ジオーレの杖に『太陽の輝き』が宿った。それは圧倒的な光で、辺りを覆う暗黒を散らした。空間全体が、真っ白な光に包まれる。
キール・ブリシュト奥で、何かが轟いた。不気味な揺れと唸りが建物全体を包む。揺れは次第に激しくなり、舗装された床に亀裂を作った。高い塔が、次々と倒れる。
床に刻まれた亀裂の下から、真っ黒な何かが這い出してきた。得体の知れない、いやどうしようもない脅威が、地面の底から這い上がってくるのを感じた。
これに呼応するように、キール・ブリシュトのあちこちで石にされ硬直していた悪魔達が動き始めた。失われた生命が再び悪魔の身に戻り、長年の硬直をほぐすかのように体を震わせると、咆吼の声を上げる。悪魔達は次々に復活し、キール・ブリシュト中に咆吼の声が上がり、狼の遠吠えのように合唱を始めた。
そこにいた全ての人間が、迫り来る脅威に心をかき乱された。何人もの兵士が、荷物をまとめる暇を惜しんで、我先にと馬に乗り、逃げ出した。
何かが起きた。起きてはならない何かが起きた。何が起きたのか、考えるまでもなかった。悪魔の王が復活したのだ。
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