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■2016/05/23 (Mon)
第13章 王の末裔

前回を読む

 王城より西の湖に、クロースの僧侶達が新たな街の建設に取りかかっていた。地元の労働者を雇い、森を伐り開かれ、労働者用のテントがいくつも設営されている。職人達が石を運び入れ、教会建設のための礎石がいよいよ築かれようとしているところだった。
 そんな時に、敵襲の知らせがあった。

兵士
「敵襲! 王の残党がこちらに向かってきます!」

 この知らせに、クロース達は大混乱に陥る。敵はすでに排除されたと思い、誰も外部からの攻撃を想定していなかった。

ティーノ
「早くしろ! 何をしている! 遊びじゃないんだぞ!」

 ティーノがヒステリックに叫ぶ。兵士達は鎧すら身につけておらず、大慌てでいま兜を被っているところだった。
 そこに、伝令の兵士が駆け込んでくる。

兵士
「申し上げます! 敵の兵団は北の魔女が率いています!」
ティーノ
「なんだと……」

 ティーノが絶句する。茫然とした空気が、兵士達に広がった。

兵士
「……北の魔女。その者は現れる時に必ず死の予言を残していく……」
ティーノ
「馬鹿な。北の魔女なぞ実在しない! まやかしだ! ペテンに決まっている! 戦え! 戦ってペテン師を撃ち殺せ!」

 ティーノは再びヒステリックに叫ぶ。


 一方、イーヴォール達は丘の上から、足並みが揃わないクロースの陣営を眺めていた。戦の準備が整うには、まだだいぶ時間が掛かりそうな様子だった。

ゼイン
「イーヴォール殿。そなたと戦えて、光栄に思うぞ」
イーヴォール
「戦うことではなく、勝って家族の元へ帰る時にそう言え」
ゼイン
「――うむ!」
イーヴォール
「行くぞ!」

 イーヴォールが剣を抜いて、合図を出した。騎馬達が一斉に丘を駆け下りていく。
 しかしクロースの兵士達は、いまだに戦いの準備を整えていなかった。
 イーヴォール率いる軍団が、クロースの陣営に突っ込んでいく。騎士達は兵士を薙ぎ払い、テントに火を点け、積み上げはじめたばかりの礎石を突き崩した。
 ようやくクロースの兵士達が槍を手に駆けつけるが、イーヴォール達の勢いを留めることはできなかった。
 クロースの兵達は数という面では勝っていたが、イーヴォール達の奇襲攻撃の前に体勢をボロボロにして、立て直す暇もなく次々と崩されていった。


 クロースの兵士達は間もなく戦意をなくして、武器を捨てて逃走を始める。
 ティーノも立て直し不能の劣勢であると悟ると、仲間達を見捨てて財を荷物に積み込み始めた。そうして逃げだそうとしたが、ふと放り出したままになっていたエクスカリバーに気付いた。

ティーノ
「こいつは金になるかも知れん」

 ティーノはエクスカリバーを掴み、テントを飛び出した。
 その時、南の方角から何かがずんずんと足音を鳴らしながら迫ってくる気配がした。
 誰もがその気配に気付き、振り向く。戦の騒音が一瞬遠のいて、戦士達が南に目を向けた。
 そこに、驚くべき巨大な怪物がいた。悪魔である。悪魔は神官達の杖に導かれながら、ゆっくりと戦場に向かって歩いていた。

兵士
「ティーノ様! 来ました! 例の奴です!」
ティーノ
「……おお、素晴らしい。よくやった! よし反撃だ! 異教徒どもを踏みつぶせ!」

 ティーノは荷物を担ぎながら、悪魔の前まで進んだ。
 だが悪魔は、憤怒を浮かべてティーノに飛びつこうとした。ティーノはとっさに側にいた神官を盾にする。悪魔はその神官を掴み、放り投げた。
 悪魔を囲んでいた神官達が、慌てて光る杖を振りかざした。光が強く輝き、悪魔が引っ込む。

ティーノ
「な、なんだこいつ。ちゃんと調教できておらんのか」
神官
「申し訳ありません」
ティーノ
「何でもいい! 早くしろ。早くあいつらを片付けてしまえ!」

 神官達が隊列を変えた。悪魔を囲んでいた光が、ちょうど門が開くように一部だけ開放される。
 悪魔は少し周りを警戒したが、解放されたと知ると、勢いよく飛び出していった。混乱深まる戦場に飛びついていき、兵士達に次々と襲いかかる。
 しかし悪魔は、敵味方区別なく攻撃した。兵士達は突然襲いかかってくる悪魔に、悲鳴を上げて逃げ出していった。

ティーノ
「こら! 何をしている! 助っ人だぞ! 戦わんか!」

 ティーノが怒鳴る声など、兵士達は無視した。悪魔が飛び込んだことで、クロース軍はむしろ余計に統制を失って混乱した。


 悪魔の出現に、冷静に対処したのはイーヴォール達の軍団だった。恐怖に囚われず、勇猛果敢に立ち向かっていったのは、ケルトの戦士達であった。

イーヴォール
「おのれ、ジオーレめ! ついにやったな!」

 イーヴォールは悪魔に立ち向かっていった。
 悪魔は目の前に現れたイーヴォールを標的に定める。口に溜めた火球を吐き捨てた。
 イーヴォールの前に、魔法の盾が現れた。炎はその前に防がれ、四散した。

イーヴォール
「戦士達よ、悪魔に恐れるな! 人の力に屈しない魔などない!」

 イーヴォールの声に、戦士達が士気を奮い立たせて応えた。戦士達が悪魔を取り囲み、矢と槍の応酬を喰らわせた。
 イーヴォールはその間をすり抜けていく。悪魔が兵士達に気をとられている隙に、その足下を潜り抜けていった。右手の剣先が煌めき、イーヴォールが走り抜けた後に光の跡が残されていった。
 悪魔は群がり集まってくる戦士達に攻撃する。俊足で駆け回るイーヴォールを載せた馬を掴もうと、手を伸ばした。だがイーヴォールは悪魔の攻撃をすんででかわし、翻弄した。悪魔は何度も火球を放つが、イーヴォールはその度に魔法の盾を作って防いだ。
 イーヴォールは戦場を駆け回り、光る剣先で何かを描いていた。間もなくして、それが巨大な魔方陣の形を作り始めた。魔方陣の中心に、悪魔が立っている構図だった。
 魔方陣が完成すると、イーヴォールは兵士達に退却を命じた。悪魔が兵士達を追いかけようとする。だがイーヴォールは魔法の鞭を作り、悪魔を叩いた。さらにその腕を掴み、引き倒す。悪魔は不意を突かれて、その場にズシンと地面を揺らして倒れる。

イーヴォール
「爆ぜよ!」

 イーヴォールが魔方陣の中に剣を投げ入れた。
 瞬間、恐るべき爆炎が立ち上がった。炎の渦が悪魔取り囲む。悪魔は炎から逃れようとしたが、渦の勢いは凄まじく、その巨体を翻弄し、持ち上げてしまった。火柱は一瞬のうちに天空まで駆け上り、周囲の雲を散らしてしまった。激しい業火は、周囲に岩石のような火の礫を撒き散らした。だが魔法の炎は周囲に火を広げず、瞬く間に消えてしまった。
 間もなくして、炎が消えた。魔方陣の中にあった草むらも樹木も完全に消えて、真っ黒に焦げた土だけが残っていた。悪魔の姿がなかった。
 ――いや、空から何かが降ってきた。真っ黒に焦げた何かが降ってきて、どさっと落ちた。悪魔だ。全身が焼け焦げて、炭化していた。もはやどこが手で、どこが足なのかわからない有様だった。
 それでも悪魔の生命は失われず、のそのそと動いて立ち上がろうとしていた。
 イーヴォールがその前に立ちはだかった。悪魔が頭らしきものをイーヴォールに向ける。イーヴォールは剣で、その頭を切り落とした。
 巨大な炭が、ごろごろと転がっていった。悪魔はついに生命力を失って、倒れた。

イーヴォール
「悪魔を焼くには、地獄の業火こそ相応しい」

 一部始終を、ティーノはぽかんと見ていた。何が起きたかわからず、茫然とその様子を見ていた。
 はっと我に返って、辺りを見回す。気付けばクロースの兵達はみんな逃げた後だった。自分1人取り残されている状態だった。
 逃げだそうと立ち上がるが、その行く手を、ケルトの戦士達が阻んだ。イーヴォールもティーノ前にやってくる。

イーヴォール
「それを渡してもらおう」
ティーノ
「たたた、助けてくれ!」

 ティーノは荷物と一緒にエクスカリバーを放り出すと、戦士達を突き飛ばして逃げ出した。意外な俊足で、あっという間にどこかに走り去ってしまった。

ゼイン
「追いますか?」
イーヴォール
「放っておこう。時間の無駄だ。撤退するぞ。オーク達と合流だ。急いだほうがいい」

次回を読む

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