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■2016/05/18 (Wed)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
11
光太からすぐに返事はなかった。考えているのか、思い出そうとしているのか、どっちだろう。電話だと顔が見えないから、わからなかった。「太一の事件で、動きがあったんやな」
光太はようやく返事をした。いつもにはない重い調子だった。
ツグミは意外な返事にびっくりして、顔を上げた。光太はこちらが思っている以上に、状況を察しているらしかった。
それに、光太は事件について何か知っているのだ。ツグミは確信を抱いた。
「うん、そうなんやねん。とても大事が話があるんです。だから、こんな時間で悪いんですけど……」
ツグミは、一気に要件を告げた。思った以上に話がスムーズに進むのが、嬉しくもあった。
「わかった。待っとおで」
「ありがとう叔父さん。じゃあ、切るね」
光太は短く了承した。ツグミも短く挨拶を返して、電話を切った。
携帯電話のディスプレイに、通話時間が映った。わずかに1分の対話だった。
ツグミは携帯電話をオフにして、バッグに戻そうとした。が、別の要件を思い出した。
「警察にも、電話するね」
ツグミはヒナに報告して、携帯電話のボタンを押した。
「駄目! 警察はあかん!」
ヒナは厳しく言って、ツグミを制止した。
「なんであかんの?」
ツグミは思いがけない制止にびっくりして、ヒナを振り返った。
「宮川は注意深い人間や。ちょっとでも警察の影が見えると、すぐに姿をくらます。警察に連絡するのは、次に宮川と接触した瞬間や。タイミングを間違えたらアカン。大丈夫。携帯電話持っとったら、警察への連絡なんて一瞬や。それ、持って行き」
ヒナは厳しい調子のまま、理屈を並べた。それでもちゃんとツグミの不安を察してくれている様子だった。
「うん、わかった」
ツグミは納得して、携帯電話の電源をオフにして、ジーンズのポケットに入れた。軽いはずの携帯電話が、ひどく重たく感じた。
ツグミはエナメルバッグを後部座席に戻した。高速道路の案内表示板は、すでに明石への到着を示していた。ツグミはパーカーのチャックを上げて、準備をした。
ダイハツ・ムーブは間もなく高速道路を外れた。インターチェンジを降りて、料金所をくぐった。
明石の街は静まり返っていた。すでに深夜零時を回ろうとしている。どの家も明かりを消して、眠る時間に入っていた。
ダイハツ・ムーブは静かな明石の街を、ゆっくりの速度で進んだ。
明石の街は、明かりといえばコンビニだけだった。住宅街に入っていくと、人通りも全然ない。
しばらくして、光太の家に辿り着いた。光太の家は、アトリエに光を残していた。待っていてくれたのだ。ツグミは家の明かりを見て、ほっとするような気持ちになった。
門から少し通り過ぎたところでダイハツ・ムーブを駐めた。ツグミとヒナは車を降りた。
横から冷たい風が吹き付けてきた。ツグミは寒くてトレンチコートの前を合わせて、光太の家の玄関を目指した。車の中は暖房が効いていたから、風の冷たさが痛くなるくらいに感じた。
ヒナを先頭に、ツグミは家の門に進んだ。インターホンを押そうとすると、先に玄関に明かりが点いた。
光太はツグミとヒナが到着するのを待っていたらしい。ツグミとヒナはインターホンを押さずに、家の敷地内に入っていった。
玄関まで進んで、ヒナが慎重気味に玄関扉を開けた。夜の闇にすっと光が射し込んだ。
玄関扉が開くと、上がり口に光太が立って待ち構えているのが見えた。光太は青いパジャマに、ガウンを羽織っていた。やはり眠る直前だったのだ。
「おお、来た来た。早う、上がり。……コルリはどうしたん? みんな一緒ちゃうんか」
光太はツグミとヒナを見て、1人欠けているのに気付いた。
「それは今から、お話しします」
ヒナが重い調子で答えた。
ツグミとヒナは靴を脱いで、廊下に上がった。光太を先頭にして、アトリエに向かった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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