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■2016/05/14 (Sat)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
9
ツグミはうつむいて、自分の記憶の中を探った。テレビのニュース……。家宅捜索の場面……。ファスナーケースに包まれた、板状の証拠品……。
ツグミはそこまで思い出して、「あっ」と声を上げた。
「そうか。あれ、フェルメールの『合奏』やったんや。警察の押収品だったら、噂は絶対に外に出ない。美術商のおっちゃんたちも知らんかったわけや」
ツグミは声を興奮させた。自分とは関係なく思えた事件までもが、1つの事件に繋がっていくのが、唐突に見えたような気がした。
「そう。盗品美術を手に入れて、検査していたのがクワンショウ・ラボや。暗黒堂の子会社と同じ住所になっている。神戸西洋美術館は、暗黒堂が盗品絵画を手に入れるための隠れ蓑だった、というわけや。全部どこかで繋がってたんや」
ヒナは判じ解きをしながらも、言葉に恨みを込めていた。犯罪の協力をさせられていた怒りだろうか。
ツグミは胸に重い物がのしかかる気がして、うつむいた。美術館は神聖な場所だと思っていたのに……。
ヒナの話はまだ終わらなかった。
「お父さんは色んな人に、フェルメールの『合奏』を売っていた。画廊とか通さず、独自にね。宮川は何年もかけて、お父さんが誰に売ったのか調べていた。フェルメールの『合奏』を持っていたのは、やはり相当の金持ちやった。そこで警察の出番や。お金を持っている人は、どこかで法に触れる行為をしているものや。警察が何かしらで難癖を付けて、『合奏』の持ち主を逮捕する。その後、押収品の一部を宮川に差し出す。そうやって、フェルメールの『合奏』を蒐集したんや」
ヒナは事件の裏側で起きた経緯を、長々と説明した。
ツグミはうつむいたままで、頭の整理をした。しばらく時間がかかりそうだった。
「それじゃヒナお姉ちゃんって……もしかして、スパイ?」
ツグミは恐る恐る訊ねてみた。ヒナははじめから神戸西洋美術館に勤めていたわけではない。2年前、突然、別の美術館から移ったのだ。
ヒナは愉快そうに笑った。
「そうやで。でもこれ内緒やから」
ヒナはツグミをちらと見て、唇に指を当てた。
ツグミも唇を指に当てて、うんうんと頷いた。お姉ちゃんがスパイってことを知っていることを知られたら……私も逮捕されちゃうのかな?
ヒナは話を続けた。
「神戸西洋美術館に移ったのは、宮川の命令でもあったんや。フェルメールの『合奏』は、8年前から捜索が始まっていた。だけど本格的になったのは、ごく最近。お父さんがフェルメールを売った人達が特定され、去年は倉敷の大原眞人さんが死んだ。同時に、川村さんの目撃情報が入った。宮川は何か感じたんやろうな。どこかで、フェルメールの『合奏』が動いたに違いないって。だから宮川は、大学出たばかりのボンクラじゃなくて、ちゃんと鑑定ができる目利きを欲しがっていた。それが私だった。もっとも、化学鑑定できる技術者が育ったから、私は厄介者になったけどな。妻鳥家はなにやらかすかわからへんって」
追い出された、というヒナの言葉が少し皮肉っぽかった。
神戸西洋美術館の「ミレー贋作事件」も、もちろん宮川が画策した自作自演だった。ヒナの左遷も、当然計画の一部だ。
「でも、本当に警察が宮川に協力したん? 警察は宮川を追いかけてたんちゃうん?」
ツグミは、まだ懐疑的だった。一番の疑問はそれだった。
「表向きはね。でも実際には、警察と宮川には強い結びつきがあるんや。暗黒堂の裏家業で得たお金は、天下り官僚のお小遣いになっていたみたいやし。警察は宮川と敵対するポーズを見せつつ協力していた、というのが本当の姿やね」
ツグミはバッグに手を置いて、またルーフを仰ぎ、「うーん」と唸った。ヒナの言った全てを、即座に理解できそうになかった。いや、理解できたとしても、納得はなかなかできない。
コルリが誘拐された後やってきた2人の刑事。高田と木野は、どっちの味方だったのだろう。ツグミには、高田と木野の2人が、悪い人には思えなかった。
そうして沈黙しかけたところで、ヒナがぽつりと口にした。
「……私も、そういう人間の仲間や。みんな一緒にやってきたから」
ヒナは、ひどく自嘲的に呟いた。
ツグミはヒナを振り返った。ヒナの美しい横顔に、色んなものが被さって見えた。一番はっきり見えたのは、『罪悪感』だった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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