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■2016/05/10 (Tue)
創作小説■
第6章 イコノロギア
前回を読む
7
高速道路は少しずつ、車の数が増えていった。どうやら都会に近付いてきたらしい。「宮川は焦ったんや。化学鑑定を行える施設を作れば、川村の贋作を見破れる……そう思ってたんや。ところが川村さんの贋作は、完璧やった。今となっては、川村さん本人を見付けないと、どうにもならないっていう結論になった。それから、化学鑑定より正確な判定ができる鑑定士を見付ける必要があった」
ヒナは運転を続けながら説明を続けた。周りの車にも少し注意を向ける。
「そんな人がおるん?」
ツグミは感心を込めた驚きで訊ねた。
すると、ヒナが軽く笑った。ツグミはヒナが急に笑った意図が読めなくて、困惑した。
「あんたや。ツグミ。あんたが化学鑑定より正確で完璧な鑑定ができる鑑定士や」
「ええ~! 私? 無理無理、無理やで。私そんなのできへんわ」
ツグミはびっくりして手と顔をブンブンと振った。
ヒナはまた少し愉快そうに笑った。
「あんたはもう少し、自分の実力を公平に推し量ったほうがええで。何にせよ、宮川は川村さんを捕まえた後、今度はアンタを探しに来るやろう。気をつけた方がええで」
ヒナが緊張を取り戻し、ツグミに警告した。
ツグミはまだピンと来なくて、1人で眉間に皺をひそめて、首を傾げた。
私の実力なんて、せいぜい近所のおじさんを喜ばせる程度……。そんな大層な力とは思えへんけどな……。
「でも、もし川村さんを見付けたとして、本当に宮川が現れる保証は?」
言いながら、ツグミは周囲に尾行が追いていないか、心配した。ヒナの話からすると、宮川はヒナを見逃したわけではないらしい。もしもツグミとヒナが川村を探そうとして、さらに見付けられるような可能性が出てきたとしたら、宮川はすっ飛んでくるはずだ。
「絶対に現れる。なんせ、1枚で150億円の絵画やからな。小さな絵やから、持ち逃げしようと思ったら簡単にできる。人任せにはできない。だから、宮川はたった1つの本物を手に入れるために、1度だけ、必ず姿を現す。チャンスはその1回きりや」
ヒナは言葉に力を込めた。いい加減な“勘”の話ではない。ヒナにはそれだけの確信があるようだった。
宮川は周到な男だ。今までもそう思わせる事例に、何度も出くわした。それだけに、本物を確実に手に入れるために、宮川自身が姿を見せる可能性は高かった。
なぜなら、150億円の大金を生み出すとはいえ、その実物は縦72センチ、横64センチという小さな作品だ。「持ち逃げ」しようと思ったら、誰にでもできる。だから確実に『合奏』を手にするために、代理ではなく宮川本人が現れるはずだった。
「もし、そのチャンスを逃したら、次にフェルメールの『合奏』が現れるのは、サザビーズかクリスティーズ……か」
ツグミはヒナの後を引き継ぐように、呟いた。
サザビーズ(※1)やクリスティーズ(※2)に“曰く付き”の絵画が出品されるのは、珍しい事件ではない。
曰く付き絵画が出品されるたびに、様々な研究者やジャーナリストが調査に乗り出している。果たして、その絵画どこから、どんな経緯で国際的なオークションに姿を現したのか。出品者はいったい誰なのか。
しかしただの一度として、出品者が突き止められた事例は存在しない。サザビーズとクリスティーズのプライバシー保護は、常に万全なのだ。それだけに出品する側にとって、サザビーズとクリスティーズの信頼度は高いといえる。
フェルメールの『合奏』は確かに盗品だ。ガードナー事件で盗まれた14枚の絵画は、今でもFBIが懸賞金をかけて、捜索している(※3)。
しかし、事件自体は1997年に時効が成立してしまっている。つまり宮川は、フェルメールの『合奏』を堂々とオークションに出品しても、誰からにも咎められないのだ。
※1 サザビーズ 1744年ロンドンに設立された、最古にして現在も世界有数の美術品オークションハウス。クリスティーズとはライバル関係にある。
※2 クリスティーズ 1766年ロンドンの美術商が設立した美術品オークションハウス。現在、世界でもっとも規模の大きなオークションハウスとなっている。
※3 事件が迷宮化した1997年3月18日、FBIは事件概要をホームページに掲載し、「全作品を良好な状態での無事返還に対しては、500万ドルの報奨金が支払われる」と呼びかけている。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
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