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■2010/01/14 (Thu)
シリーズアニメ■
アストライアの天秤
事件が起きたのは新緑が濃く色づき始める5月の中旬だった。人通りの多い界隈を外れ、しばらく空き地ばかりが並ぶ静かな通りへと入っていく。空き地は“売り土地”の看板が隠れるほどに茂みが深く、その周辺を横切ると杉並区の町中とは思えないくらい深い沈黙が漂うのに気付く。訪れると夏のはじめ頃とは思えない寒々とした空気がその周辺を満たしていた。
そんな場所で、女子高生の少女が襲われた。
さっそく筆者は襲われたという女子高生に会い、話を聞いた。
「ホント、もう、チョーやめて~って感じでしたよ。いきなりガッバ~って襲い掛かってきて。ヤバッ! チカンって思ったんですけど、ほら、最近よく死んだりしてるじゃないですかぁ。だから、あっ! って思ったときにはもう何か噛み付かれてて。それでアタシ、気絶しちゃったみたいで。目を覚ましたら、まわりなんかメチャクチャで……」
女子高生は落ち着きなく肩にかかる髪を弄りながら、ひたすら話し続けた。今時の女子高生らしく言葉のノリは軽く、次から次へと言葉が流れ出てくる。むしろ、話したくて溜まらず、今の状況を楽しんでいるようですらあった。この少女は、当時の恐怖などもう克服してしまったのだろう。
「傷跡見せていただけますか?」
取材する側としてはやりやすい。筆者は女子高生の調子よさに乗りかかるように、気軽にお願いをした。
少女の首には大袈裟なまでに大きなガーゼが当てられている。もし古風な奥ゆかしい淑女なら、説得に苦労させられただろう。しかしこの女子高生は何の躊躇いもなく――むしろ見せたいみたいにガーゼを外し、うなじを筆者に突き出してくれた。
ぞっとするような傷跡だった。細くすべらかで、思った以上に綺麗なうなじだっただけに、むしろ生々しい不気味さを感じてしまった。少女のうなじの中ほど、青く浮きだつ動脈が通る場所に、それにあわせたように穴が2つ刻まれていた。
その印象といい、形といい、映画や小説の世界に見られる吸血鬼の噛んだ痕そのものだった。筆者はその傷跡を見た瞬間、ふと現実世界が崩れ意識がフィクションの世界に引き摺られるような奇妙な居心地の悪さを感じてしまった。
吸血鬼――。果たしてそんなものがいるのか。現代は21世紀だ。文明の光が世界の隅々まで行きわたり、あらゆる迷信と呪術が駆逐され未知なる発見を失ってしまった世界。まるでフィクションに追いやられた古い呪術が現代社会に異議申し立てでもしているかのように思えた。
ひょっとすると我々は試されているのかもしれない。それまで信じていたリアリティが単に通念に過ぎないと新しい科学にバッサリ切り落とされ、我々の意識や思考は新しい段階に引き上げられる。今回の事件は、そんな意識の変化を突きつけられているような、そんな予感をどこかに漂わせているようだった。
◇
朝になって深夜に録画されたアニメを確認する。開始数十秒……。『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』のタイトルは出てこない。代わりに出てきたのは、奇妙なモンタージュ画像に仰々しいばかりの通俗的なデザインのタイトルだった。
はて、タイマーに失敗したのだろうか?
いや、間違っていない。これは飽くまでも見る側のミスリードを誘うフェイク映像だ。このフェイク映像は物語を始めるための前座、余興である。
昨今のアニメは、物語の中心へ主人公を強引でしかも速やか引きずり込もうとする。多くは少年や少女が謎めいた組織の闘争へと飲み込まれていく。しかし彼ら少年達は非日常世界にすべてをシフトせず、片足を平凡な日常世界に置き続けている。
だが『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』はそれとは違う趣向をもって物語をスタートさせた。『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』の第1話はキャラクターの紹介をしていないし、物語の背景も解説していない。ある意味、第1話を投げ棄てたのであって、見る者の意欲と理解を煙に巻き翻弄したのだ。
通俗的なテレビ番組が再現された第1話。映像は平面的で常に中央に人物がクローズアップされ、単調にカットが並んでいく。テレビの映像がいかに美意識が欠けているかよくわかる。日本には奇妙な考え方がある。より高い技術と教養を持った人間ほど異端となり、実力のない人気者が注目される。アニメはもはや世界的評価、文化的価値を背負うほど精度を高めたが、日本人にはその価値を審査する能力がない(下に続く)。
だが作品が意図する1つの趣向は見えたかもしれない。
多くのアニメ作品において、主人公達が属する小社会とそれ以外の大きな社会は奇妙に乖離したまま進行される。主人公の少年少女たちがいかに街を破壊し、水道電気を含むあらゆる公共機関を麻痺させても、警察やマスコミといったものは一切介入してこない。そもそも大人の影は奇妙なくらい希薄で、最近定番になりつつある設定では、主人公家庭にはまず親がいない(にも関わらず一軒家に住み、当り前の顔して高校に通っている。どこからお金が出ているんだ。誰が掃除して誰が料理しているんだ)。
最近のアニメではそこそこに周辺となる風景もしっかり描かれるが、そこにあるべき社会はごっそり抜け落ちている。描写の精密さと淡白さ。この落差が見る側に奇妙な違和感を与えている。
だが『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』では第1話をすべてあるテレビ番組の収録風景に割り当てられた。これはすでに、その物語世界が周辺社会と関連を持ち、影響を与え合う関係であることを示唆している。
もっとも、第2話に入ると急に社会規模が縮小され、物語と社会が分離した作品に変わってしまう可能性もあるが。
(上の続き)それに気付かず、中心文化であるテレビは自分たちが売れなくなった理由がわからず困惑し、今でも「自分たちはアニメより上」という幻想を捨てられずにいる。どうやらアニメが世界的に評価されているらしいという知識はあるのものの、作品を1つでも上げられないのが日本人だ。ところで左は原作者環望。本人が声を当てている。誰に騙されて出演したのだろう?
『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』の物語は社会と濃密な関係を持つことに意味があるのかもしれない。第1話において、主人公ミナ・ツェペッシュは東京湾の埋立地にヴァンパイア国家の建設を宣言した。いや、日本国領土内だから自治区なのかもしれない。ウィキペディアの解説によると、『ヴァンパイアバンド』の『バンド』とは租界地区を示すのではないかという推測が書かれている(Wikipedia『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』へ)
いずれにしても、どこであれ他国領土内に独自の国家を作るわけである。社会が関わってくるのはある意味、必然の展開であると言える。だからあえて、『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』は現代社会の通俗的側面を象徴するようなテレビ番組を冒頭に持ってきたのかもしれない。この作品が物語世界と実際社会が分離せず、絶えず引き合えってお互いに強烈な影響を与え合うのだと示すために(多分、作り他の遊び心というのが実際の動機だろう)。
『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』は最近のアニメに対してどんなアンチテーゼを主張するのか。作品の質も物語の性質も平均化し、異端的なものをなくしてしまった現代のアニメに対し、どこまで違いを示せるのか。それがアニメ全体の傾向にどんな影響を与えられるのか。あるいは『ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド』はそこまでの力を持ちえるのか。しばらく静観していく必要がありそうだ。
◇
#01 プロムナイト
#01 プロムナイト
取材班はスタジオを抜け出して、大慌てで怪物の後を追跡した。いや、怪物ではなく平井星一だ。生放送中の番組、アストライアの天秤に出演する俳優の1人のはずだった。だが今や台本上の計画は完全に崩壊した。取材班は現在進行形で起こってい事件に対して、カメラを片手にただただ追跡し、撮影し続けていた。
取材班が向った先はTBS社屋の屋上だった。照明の準備もなく、カメラの映像がナイトゴーグルのように暗い緑色に浮かび上がった。カメラの映像の中で陰影が淡く浮かび、夜空に浮かぶ月がひどく大きく主張して見えた。
そんな月を背にして、怪物へと変化した平井星一が立っていた。全身は爬虫類のような厚い皮に覆われ、背骨のラインに合わせて太い尻尾が伸び、頭はカメレオンのように歪に膨らんだものを乗せていた。
もはや彼は俳優の平井星一ではない。かつて平井星一であった化け物だ。
「先だっては部下が失礼をした。今宵は一部の隙もなく、貴様を滅ぼそう」
カメレオンの怪物と対峙するように長身の男が立ちはだかった。
「待て」
だがそこに何者かが押し留めた。尊大そうな言い方に対して、その声は驚くほどあどけない。
取材班のカメラはただちに声がした方向を振り向いた。するとそこに、少女が立っていた。長い金髪を両側に振り分けている。端整な顔、自信に満ちた表情――しかしやはり声の主は幼い少女のものだった。
我々はただちに少女の正体について思い当たった。収録スタジオでしつこく専門家に食い下がったルーマニア出身の少女だ。
あの時は見た目相応の少女に思えたのだが――今の彼女は明らかに別人だった。
「ここはわらわが始末をつける。よいな」
少女は男達の側を横切った。男達は主君にするように恭しく頭を下げ、従った。
少女が軽く飛んだ。いや、僅か反動にかかわらず、少女は重力に逆らって飛翔し、カメレオンの怪物の前に着地した。
「フン。こんな茶番で炙り出せるなら儲けものと思っていたが、まさかこれほど近くに潜んでいたとはな。まっことこの世は面白い。そうは思わぬか? 下衆」
少女はカメレオンの怪物を前にして少しも怯えを見せず、挑発するように嘲った。
カメレオンの怪物は何も言い返さなかった。
「醜い姿じゃな。変身した姿はその者の心を映す。さしずめ貴様は、傲慢な自尊心の権化、というところか。哀れなものよ」
少女は不敵に笑い、軽蔑するような視線をカメレオンの怪物に向けた。
「黙れ!」
怪物が逆上した声を上げた。巨体が宙を舞い、太い拳が少女に振り下ろされる。
しかし怪物は、少女の直前で静止した。怪物の爪先は少女を捕える直前で止まっていた。対する少女は、少しも驚いた様子を見せず、じっと怪物の爪と怪物自身を見ていた。
「お、お前は何だ……」
カメレオンの怪物が動揺した声を上げた。
カメレオンの全身がふるふると金縛りにあったように痙攣していた。
「わらわはミナ・ツェペッシュ。竜の息子ブラドの血を継ぐ者にして正当なるヴァンパイアの王。我が名において命令する。死ぬがよい」
少女――ミナの声に少女とは思えない鬼気迫るものが宿った。同時に、その目が真っ赤に輝きだす。
「いや……だ……」
カメレオンの怪物がのけぞり、苦しみにもがき始めた。かと思うと胸が引き裂け、噴水のごとく血をあふれ出した。
カメレオンの怪物はそのままふらふらと後ろに下がり、奈落へと落ちていった。
社屋の屋上に、少女が1人だけで残された。頭の両側に振り分けられた長いお下げが夜の風に持ち上げられ、たなびいていた。月の淡い光に、金髪が透き通るような輝きを放っていた。ミナが我々取材班を振り返った。その頬に黒い染み――血をぺたりとつけている。ミナから感じる印象は、明らかに少女ではなかった。ミナ自身が語るように、ヴァンパイアの王そのものの風格を漂わせていた。
「聞くが良い、人の子らよ! そして噛み締めるがよい。今、己が目にしたものを!」
その声は美しく、闇の隅々まで突き通っていくようだった。
「あなたがヴァンパイアの王? 本当に?」
疑問の声を上げたのは、収録スタジオで吸血鬼の存在に懐疑的な立場を示し続けた海老川功だった。
「疑うのか? ならばお前の血を吸ってやろうか? 我らは闇の血族。夜の帳に人の歴史の影に潜みし者。じゃが、それもこれまで」
ミナは脅しかけるように、頬に付いた血を指で拭き取り、ぺろりと舌で舐めた。そのちろりと見えた舌が、思いがけず官能的な匂いを放っていた。
「な、なぜ……?」
その疑問に、少女はすっと手を上げて、左向うの海岸を指差した。
「見えるか? 東京05埋立地。あのはるかなる“バンド”が。わらわはあの地に我ら闇の血族の王国を、ヴァンパイアバンドを設立する。……さあ、われわと踊ろう」
作品データ
監督:新房昭之 原作:環望
シリーズ構成:吉野弘幸 キャラクターデザイン・総作画監督:紺野直幸
シリーズディレクター:園田雅裕 デザインワークス:MEIMU 小林徳光
美術監督:東厚治 色彩設計:西表美智代 編集:関一彦
撮影監督:藤田智史 音響監督:鶴岡陽太 音楽:土橋安騎夫
アニメーション制作:シャフト
出演:悠木碧 中村悠一 斉藤千和 甲斐田裕子
〇 伊藤静 小林ゆう 喜多村英梨 渡辺明乃
〇 谷井あすか 中井譲治 環望
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