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■2010/01/08 (Fri)
劇場アニメ■
ラウンテルン社工場への偵察から機投した函南優一は、報告ついでに上司の草薙水素に尋ねた。
「栗太仁朗。ここに赴任したのは7ヶ月。63回の出撃。なかなかの腕
草薙はタバコを手にしたまま、少し俯いた感じで淡々と答えた。
「どこへ行ったんですか」
函南は質問を止めない。
「その質問には答えられない」
「転出した理由は?」
「同じく」
「死んだ?」
函南がそう尋ねると、草薙にしばし沈黙が漂った。
草薙は眼鏡越しに函南を睨みつける。
「そうだとしても、君の置かれた状況に差はない。いるかいないか。人の状態はこの2つしかない」
草薙はまた視線を落として、もとの事務的な調子を取り戻した。
「飛行機を引き継ぐ時は、通常は前任者とコンタクトを取るものですよね。もちろん、前任者が生きている場合にだけ、ですけど」
函南は探るように尋ねた。
「あの機体は新しい。その必要はないと私が判断した。何か不満が?」
草薙はやはり同じ調子で、ちらと函南を睨み付けた。
「いえ、最高の機体でした」
「他には?」
「あなたは――キル・ドレですか」
あの空へ彼らは――キル・ドレは疾駆するのだ。地上の重力から解放され自由に舞い踊り、澄んだ空に汚れた灰色の雲を残していく。
平和の象徴のようなあの場所で誰かを殺すために――自身が死ぬために。
その戦闘員となるのがキル・ドレと呼ばれる子供たちだ。キル・ドレは遺伝子操作で生まれた子供たちで思春期の姿のまま成長せず、命令されるままに戦い、死ねば即座に蘇生させられる。
何度も何度も。経験を積み重ねず、だから決して成長を――物語を未来へと展開させられない。
「何に?」
函南は自我を持ち始めた子供のように、何度も疑問を呈する。
彼らの言葉は独白のようにぼそぼそとしていて、お互いの間には奇妙なくらい間延びした時間が流れる。
なぜなら彼らには役目が与えられていないからだ。世界はすでに平
そんな渦中で過ごす若者達は、戦闘以外の何の役割を与えられて
何もする事がない。新しい何かが起きそうな希望もない。
大人たちはそんな社会を自らの手で作っておきながら、末端で喘ぐ若者を非難している。若者を奇怪な鵺のような存在を見做し、攻撃の
――実体はすでに社会そのものが漂白しているのであって、社会の神(創造主であるから)である大人たちも漂白された時間の中に飲み込まれている。大人たちが若者叩きを続けるのは慰めを求めているからだ。実際には大人たち自身も社会から不要を突きつけられ、髪を
高度にシステム化された社会はすでに人間を必要としておらず、単に運営するために必要最低限の労働力だけを求めているだけだ。漂白しているのは実際には社会全てであり、だから虚構としての戦争
だが一度キル・ドレたちが空に飛び出ると、途端に映像はビビッドな輝きを放ち始める。レシプロが空中に飛び出すと、それまでそろりそろり漂っていた時間は急速に流れを持ち始め、カットは凄まじい勢いで流れて行き、音楽は勇壮なテーマ曲となって戦いを彩る。
だが彼らはそこで“殺し合い”を死にいくのだ。殺しに行くのであり、死ぬために飛んでいるのだ。
その自由な瞬間も実はゲーム・システムに縛られている。彼ら
だから函南優一はハリウッド・エンターティメントのようにヒーローにはならない。ただ与えられた任務をこなし、帰還していくだけ。激しいアクションシーンだが、そこでドラマチックな何かは
彼らは生き延びてエース・パイロットになることはできても、そこから抜きん出てヒーローにはなれないのだ。
だだ草薙水素が函南に寄せる感情は狂気をはらんでいる。彼の背中
草薙水素の愛し方は、あまりにも深く、肉体を抉るようだ。狂うぐらい相手を愛し、殺意を抱く。セックスの最中にエロスとタナトスを危険なレベルで高め、蜘蛛の交尾のごとくその対象を食い殺
愛してる。お願い殺して。
そんなアンビバレントが不純に交じり合ったセックスだ。
もう終わりにしたい。愛し合ったまま、すべてを終らせたい。
でも銃で頭をぶち抜いても、振り出しに戻されるだけ。その繰り
草薙は決して前に進めない、未来へ進めないというジレンマの中で、感情を慌しく混乱させ、その感情に自身の理性は飲み込まれてしまっている。
草薙「え?」
函南「運命とか、限界みたいなものが」
草薙「そうね。でも彼は誰にも落とせない」
函南「なぜ?」
函南「さあ。考えたこともない」
草薙「殺し合いをしているのに?」
函南「仕事だよ。どんなビジネスだって同じことさ。相手を押しのけて利益を上げたほうが勝ちなんだ。普通の企業に較べたら、
草薙「そう。ゲームだから合法的に殺すことも殺されることもできる」
函南「面白い発想だね」
草薙「面白い? 戦争はどんな時代でも完全に消滅したことはない。それは人間にとって、その現実味がいつでも重要だったから。同じ時代に、今もどこかで誰かが戦っているという現実感が人間社会のシステムに不可欠な要素だから。そしてそれは絶対に嘘では作れない。戦争はどんなものなのか、歴史の教科書に載っている昔話だけでは不十分なのよ。本当に死んでいく人間がいて、それが報道されて、その悲惨さを見
全ては相対的なものである。戦争があるから平和がある。貧困があるから豊かさがある。勝者がいるから敗者がいる。死の危機がなければ生の実感も得られない。
現実世界は一度も平和を獲得したことはないが――戦闘がなければ
物語の背景に戦闘企業であるラウンテルン社とロストック社の対立が置かれている。だがこの2つの企業は決して潰しあっているわけでもなければ勝利を目指しているわけでもない。
だがそんな八百長のゲームでも接している人々はモニターの前で熱狂し、応援と称して財産を兵器産業に投資するのである。ゲームが続けられている間はラウンテルン社もロストック社もいくらでも儲かる
背景にあるのは企業の利益であり、末端は理屈に振り回され行儀よくシナリオ通りに殺されていく……。『スカイ・クロラ』で描いてみせた情勢は、すでに我々の現代社会にも当てはまる図式のようだ。
最後に――押井守監督作品には常に神の視線がどこかにある。す
『スカイ・クロラ』の登場人物は常に監視されている。
具体的存在はラウンテルン社とロストック社という、キル・ドレたちに
函南や草薙はこの神の存在にはっきりと気付き、時に観察するように見詰め返している。台詞の中で、“彼は決して倒せない”と語る場面もある。彼――ティーチャーも神の1人であり、ティーチャーは神の
その神を、キル・ドレたちはただ恐れるだけで決して殺せない。なぜなら神はルールであり、ルールに隷属しているプレイヤーは決して神を殺せないから。
だが函南はあえてこの神に戦いを挑んだ。神の存在を暴きだし、殺そうと挑みかかった。
なぜ?
世界を崩壊させ、未来へと時間を進めさせるためである。
作品データ
監督:押井守 原作:森博嗣
脚本:伊藤ちひろ 演出:西久保利彦 キャラクターデザイナー・作画監督:西尾鉄也
美術監督:永井一男 レイアウト設定:渡部隆 メカニックデザイナー:竹内敦志
音楽:川井憲次 サウンドデザイナー:ランディ・トム トム・マイヤーズ
音響監督:若林和弘 整音:井上秀司 色彩設計:遊佐久美子 ビジュアルエフェクツ:江面久
CGIスーパーバイザー:林弘幸 CGI制作:ポリゴン・ピクチュアズ 軍事監修:岡部いさく
アニメーション制作:プロダクションI.G.
出演:菊地凛子 加瀬亮 谷原章介 山口愛
〇 平川大輔 竹若拓磨 麦人 大塚芳忠
〇 安藤麻吹 兵藤まこ 榊原良子 栗山千明
〇 竹中直人 ひし美ゆり子 下野紘 藤田圭宣
〇 長谷川歩 杉山大 水沢史絵 渡辺智美
劇場公開時から思っていたのだがダイナーの前でうずくまっているあの男(右絵)は函南優一のクローン元ではないか、と。クローンを作るにはオリジナルが必要。そのクローン元はすでに老人の姿になってしまっている、というのではないだろうか。
クローン人間である函南は自身の正体を知らず、無限に近い青春の日々を繰り返している。
このように考えると、押井守監督が初期作品(『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』『天使のたまご』『迷宮物件』他)においてモチーフとしていた延々繰り返される時間と現実の時間という対比構造に繋がってくる。函南優一は、まさにロストック社ラウンテルン社という神によって、無限に続く『ビューティフル・ドリーマー』の世界にいるのだ。
さらに言うと、その周辺にいる人物達もどうも怪しいなと勝手に思ったりしている。何となく訳知りのダイナーのマスター夫婦や、思わせぶりな表情を見せる娼婦フーコや……。
と書いてても確信があるわけではない。おそらく押井守監督本人に尋ねてみても「ハズレ」と答えるのではないか。
あの老人は色んなものの象徴であり、確定的に1つの何かではない、というのが模範解答だろう。
ただ、上のような想像ができるのも、この作品の面白いところである。
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