■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2010/01/08 (Fri)
シリーズアニメ■
第1話 開口一番
目の前をまるで人がひゅんひゅんと飛び交っているようだった。東武東上線の改札口前で歩く人は皆ひどく早くて、僕はまるで洗濯機の渦の中心で茫然と取り残されたように周りの風景を見ていた。
笑わないで欲しい。小学校も中学校も修学旅行は欠席して、地元から一歩も出たことがなく、初めての東京に戸惑っている。でもこの4月から東池袋の高校に入学する事になった。15歳。それが僕、竜ヶ崎帝人だ。
偏差値は中の上くらい。綺麗だし設備も整っている。というより、小学生からの親友に誘われたことが大きい。親には地元の公立に行くように反対されたけど、東京にも憧れていたし……。
でも今はむしろ不安を感じている。初めて来る場所にどうしていいかわからなかったし、周りを行く人はみんな無関心みたいな顔をした他人だった。――帰りたい。正直、それが今の思いだった。
主人公と主要登場人物を除いて、街を行く人たちは色彩のない灰色だ。
人ばかりで犇く都会においては、通りを行く人たちなどNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)程度の人格しか与えられていない。灰色の人間に灰色の人格。彼らがどんな内面を持っているのか、知る術はないし、知ろうという気すら起こらない。まさに砂漠の砂粒のようなものだ。
都会という場所は個人の人格が埋没する場所である。彼らがどんな人間でどんな人生を経てきたのか――主体は勝手にテレビで見たようなステレオタイプを押し当てて想定する。彼らはどうせ大したことは何もしていない。灰色の顔を浮かべる彼らがどんな人生を背負ってどんな哲学を抱いているのか――都会において最も困難に思えるのは、人間への感情移入である。特に通り過ぎて去っていく人たちに対して感情移入は難しい。
だから都会という場所にいると、得体の知れない優越感に捉われることがある。あの通り過ぎる有象無象に較べたら、自分のほうが遥かに優秀で素晴らしい人間性を獲得している――。
『デュラララ』のモブが灰色に描かれるのは単に作業上の理由だろう。だが確かに我々は、都会という場所を灰色の人間が通り過ぎる場所と見做している部分はある。『デュラララ』はそんな人間の主観的な意識を画像の中に描き出している。
「みーかどー」
いきなりすぐ側で親しげに呼びかける声がした。
誰? 僕は振り返った。
「え? あれ? ……紀田君?」
金髪の灰色のパーカ姿の少年だった。振り向いてみると、僕から30センチも離れていない側だった。
「疑問系かよ。ならば答えてやろう。3択で答えよ。1、紀田正臣。2、紀田正臣。3、紀田正臣」
紀田正臣はノリノリで指を1本ずつ突き立てた。
「わあー、紀田君! 紀田君なの」
僕はやっと紀田だとわかって笑顔をもらした。
「……俺の3年かけて編み出した渾身のネタはスルーか。ひっさしぶりだな、おい!」
紀田は僕の胸をトンと叩いた。僕は懐かしさに嬉しくて笑いを漏らした。
「ぜんぜん変わってるからびっくりしたよ。髪の毛染めたりしているとは思わなかった。あと、そのネタ寒い」
「そりゃ4年も経てばな~。ていうより、帝人は小学校からぜんぜん変わってないじゃんかよ。ていうか、さりげなく寒いとか言うな」
紀田は久し振りに会えた喜びを浮かべて、僕の頭をぺちぺちと叩いた。
これは僕の大親友、紀田正臣。小学校の時に紀田は転校してしまったけど、その後もずっとチャットで話し合っている仲だった。見た目は随分変わってしまったけど、彼の話しぶりや仕草はちっとも変わっていなかった。ギャグが寒いのも、あの頃のままだった。
「行きたいところとかあるか?」
紀田は歩きながら玄人の顔で僕に話しかけた。
「えーっと、サンシャイン60とか?」
僕はとりあえず池袋で知っている地名を挙げた。すると紀田は失笑するような笑いを浮かべた。
「今から? 行くんなら彼女の1人でも連れていったほうがいいぞ」
「じゃあ、池袋ウエストゲートパークとか……」
「普通に西口公園って言えよ」
「え? 池袋人はみんなそう呼んでいるんじゃ」
「何だよ池袋人って。あ、何? 行きたい?」
紀田は僕の前に飛び出して足を止めた。僕はえっとなって紀田の顔を見詰めた。
「あ、でも、ちょっと……」
紀田は有無言わさず、僕の手を掴んで地下鉄出口のエスカレーターへと乗った。
「やめようよ。もう夜だよ。カラーギャングってのに殺されちゃうよ」
僕はおどおどとして紀田に訴えかけた。
「マジでそんなこと言われても困る。つうかまだ6時だぞ。ったく、臆病なのも相変わらずだな」
紀田は携帯を引っ張り出して、僕を安心させるように笑いかけた。
そうか――と僕は今さらながらに思った。この4年間、紀田は僕とはまったく違う人生を歩んできた。この街で、この都会で。紀田はちょっと見るとあの頃のままだけど、やはりどこか違う。僕の知らないずっと遠いところにいて、そして今、彼は僕を自分たちの場所に引きこもうとしてくれている。
池袋の街は映像に描かれるほど暗くはない。
だがあえてだろう、『デュラララ』の風景は極端なくらい影が深く、闇夜に浮かぶ窓の光や看板の色彩を克明に浮かぶように描かれている。その風景は陰鬱で猥雑でいかがわしさに溢れ、都会というより魔都という印象だ。異界の登場人物たちが集る舞台として相応しく、普通ではない何かが集まりそうな気配がいっぱいに満ちている。
映像を見ていると、池袋の街が『バットマン』のゴッサムシティのようにすら見えてくる。
作り手の感性と物語の都合に合わせて、池袋の街は大胆に再構築されている。『デュラララ』に描かれた池袋は、豊島区のあの池袋ではなく、あくまでも『デュラララ』の池袋なのだ。
「最近はカラーギャングも減ったよ。去年辺りは目立つのが多かったんだけど、埼玉と抗争やって何十人もパクられてさぁ。それからは同じ色の服着た連中が少しでも集ろうもんなら、速攻で警察が飛んでくるようになっちまたのよ」
紀田は頭の後ろに手を回しながら、少し退屈そうな口ぶりで説明した。
「じゃあ、今の池袋は安心なの?」
僕はへえーと人ごみが珍しくてきょろきょろと辺りを見ていた。
そうやってぼんやりしているのがいけなかった。僕は目の前に人が立っているのに気付かず、ぶつかってしまった。
「す、すみません……え?」
僕は頭を上げて改めてぶつかった相手を見た。
まるで絵に書いたように張り付いた笑顔――というか絵だった。道の真ん中に、お店でよく見るような等身大ポップが置かれていたのだ。
等身大ポップの後ろから、何だと2人の男女が顔を出した。
「あ、紀田君じゃん」
女が紀田に気付いて声を上げた。
「あ、狩沢さんに遊馬崎さん。どーもです」
紀田は知り合いのように気楽そうな挨拶をした。
「いやいや、久し振り」
遊馬崎さんと呼ばれた男が紀田に手を振った。
「そっちの子は誰? 友達?」
狩沢と呼ばれた女が僕を指さし、紀田に尋ねる。
「ああ、こいつは幼馴染で今日、池袋に引っ越してきたんですよ」
「へえ、そうなんだ」
狩沢が軽めに声を上げた。
この人は狩沢絵理華。一緒にいるのが遊馬崎ウォーカー。
向い側の道路にワゴン車を止めているのは門田京平に渡草三郎。
どーでもいい話をするが遊馬崎たちのいる場所で電撃文庫を買えそうな場所はない。アニメイトなら東急ハンズを通り過ぎたサンシャインの隣だ。ところでああいったポップはどこで手に入るのだろう。というか持ち去ってどうするつもりなのか。
モブが灰色に対して、主要登場人物たちはビビッドなカラーで描かれる。彼らの強烈な個性を表現するように、色彩は非常に華やかだ。
彼らは通り過ぎる人間達とは生い立ちも人間としての種類も違う。もっと個性的で、リアルに描きこまれた風景から浮かび上がるくらい強烈な属性を備えた人たちだ。
都市はすでに、そこで通り過ぎる人間から個性を奪い去ろうとしている。人間個人の個性より、都市のほうがはるかにくっきりとした人格を持ち、都市がそこを通り過ぎる人間に特定の個性を与えている。その都市を通り過ぎる誰か、という属性を与えている。ヒューマニズムの力を失った現代人にとって、その都市の性格こそが個人を規定するアイデンティティに変わりつつある。
だが『デュラララ』はそんなごまかしの個人主義を意義申し立てするように、個人をどこまでも力強く描いている。現実世界にありえない組み合わせに、剛腕に、首なしライダーが当り前のように登場する。
そういったキャラクター達が複雑に折り重なる不純な群像劇――それが『デュラララ』が目指している空間だろう。
紀田はその後もとめどなく話しを続けた。
板前の格好をしたロシア人の黒人であるサイモンのことや、絶対に怒らせてはいけない平和島静雄。他にも絶対会ってはいけない人物として折原臨也という男のことも話した。
「ああ、あとな、ダラーズっていう連中にも関わらないほうがいいぜ。ワンダラーズのダラーズ」
紀田はふと思い出したようにその名前を口にした。
「ダラース?」
と僕は鸚鵡返しにしながら、ワンダラーズって何だ? と考えていた。
「俺も詳しいことはわかんねえんだけどよ。とにかく人数が多くて、線が一本ぶち切れたチームらしい。カラーギャングらしいんだけど、どんな色なのかもわかんねえ。ま、今は迂闊に集会はできねえから、そいつらもいつの間にか解散しちまったりしてな」
「そうなんだ」
「お前は運がいいよ。今日だけで門田さんやサイモンに会えて、静雄が投げた自動販売機も見れて」
「それ、運がいいって言うのかな?」
僕は困惑して尋ね返した。
「嬉しいよ。この街でお前とガッコ行って、また一緒に遊べるなんてさ」
紀田は急に真顔になって、じっと僕の顔を見つめた。
「僕もだよ」
僕は応えるように紀田に頷いて返した。
その時だ、どこかで唸り声がした。まるでずっと暗い地下からズゥゥーンと響いてくるような音だった。辛うじて僕は、それがエンジン音だとわかった。
「お前本当に運がいいぞ! おまけに都市伝説を目の前で見れるんだから!」
紀田は言うより早く、音がした方向へと駆け出した。
「紀田君、都市伝説って何?」
僕は紀田を追いかけて走り、尋ねた。
「黒バイクだよ。首なしライダー!」
紀田はその先の歩道が切れた場所まで進んだ。その先に幅の広い道路が広がり、長い横断歩道が横切っていた。その道路を、真っ黒な影が今まさに通り過ぎようとした。
黒い影は低くエンジン音を唸らせ、道路を物凄い速度で疾走していた。それこそ光に映った影でも見ているような、しかしその影は確かに実体を持った人の姿をして、僕の意識に相反する不思議な印象を刻印していた。
僕はその時、自分の体が震えているのに気付いた。怖かったんじゃない。多分、感動していたんだ。――すごいものを見た!
僕はここで、この街で、他所では到底できないような経験をした。今まで、決して手が届かないと思っていたありえない現実が目の前に広がっているんだと感じた。僕は僕の新しい現実が始まる予感に、震えていた。
メインヒロインであるセルティ。とんがり耳に黒ずくめの衣装。見た目の印象といい活動といい、どうしてもバットマンと姿か被る。都市伝説的存在、という連想から気付けば似たイメージを作り出してしまったのだろう。
『デュラララ』第1話は顔見せだけだ。次から次へと登場人物が出てきたが、物語は一切動いていない。それから池袋の街が現実の風景とは別種の異界であると紹介した。
物語は動かないが、今にも何かが起きそうな、得体の知れない何かが動き出しそうなそんな予感の孕んだプロローグである。まともではない人物に、まともではない事件――。力と力がぶつかり合う物語が始まる。
まるで文明という秩序に対して異議申し立てするように、彼らは攻撃性を剥きだしにして異能の力をぶつけ合う。
現代という灰色に沈んだ無個性に対し、彼らはどんな活劇(アンチテーゼ)を演じ池袋の街にその存在を刻印するのか――見ものである。
作品データ
監督:大森貴弘 原作:成田良悟 原作イラスト:ヤスダスズヒト
シリーズ構成:高木登 キャラクターデザイン:岸田隆宏
メカデザイン・アクション作監:山田起生 総作画監督:高田晃
美術:伊藤聖 色彩設計:宮脇裕美 監督補:川面真也 撮影:田村仁
CGプロデューサー:神林憲和 編集:関一彦 音楽:吉森信
アニメーション制作:ブレインズ・ベース
出演:豊永利行 宮野真守 花澤香菜 神谷浩史
〇 小野大輔 福山潤 中村悠一 梶裕貴
〇 堀江一眞 小林沙苗 黒田崇矢 戸松遥
〇 伊瀬茉莉也 松風雅也 伊藤健太郎 井口祐一
PR