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■2016/06/09 (Thu)
第7章 Art Loss Register

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 それもやがて納まった。みんな客船に上がってしまって、車両デッキからは人影が消えた。車両デッキ内は孤独に波の音を響かせていた。
「そろそろ、出ない?」
 ツグミはヒナを振り返って、提案した。ツグミは甲板に出て、波の様子や離れていく港の風景を眺めたかった。
「そうやね。客船に行こうか、ツグミ」
 ヒナは緊張を解いて同意した。どうやらここには危険はなさそうだ、と判断したらしい。
 ツグミは車から飛び出すようにみたいに降りた。それからトレンチコートに袖を通す。ヒナも財布などをチェックしてから、運転席を出た。
 ツグミは杖を突いてヒナの側に進んだ。ヒナはツグミが近付くと、掌を握ってくれた。
 車両デッキの右側の端に階段があった。揺れが大きいので、ツグミはヒナに補助してもらいながら、ゆっくり階段を登った。
 階段を上がって客船に出ると、一気に視界が広がった。客船は仕切りのない大広間で、全ての面が窓ガラスになっていた。客船の前方部分は、正面を向いたソファが並んでいて、進行方向がゆっくり見られるようになっていた。後方部分は対面式のソファが並んでいる。
 客船の中央スペースに、上に繋がる階段があった。階段の脇にはミディアムタイプのゲーム筐体が設置されている。ゲーム筐体には電源が入っていないようだった。
 人の数は少ない。10人くらいだろう。広い空間に10人だから、ぽつぽつと人影があるだけだった。
 客船の中は静かで穏やかな雰囲気だった。時々、ふっと誰かの笑い声が聞こえる程度だった。平和そのものの風景だ。
 ツグミは客船前方方向に行って、窓の外の風景を眺めたかった。コルリと一緒に来ていたら大はしゃぎで飛びついていたと思う。でも、今はそういう気分を押さえて、ヒナと手を繋ぎながら客船後部に向かった。
 客船の隅のほうに、円テーブルが置かれたソファを見付けて、そこに並んで座った。
 ヒナはコートを脱いでテーブルの上に行くと、また席を立った。ツグミはヒナのコートを畳んで直しながら、なんだろう、とヒナを振り返った。ヒナは売店へ行き何か買っているようだった。
 間もなくしてヒナが戻ってきた。買ってきたものをテーブルの上に広げ、ツグミの隣に並んで座った。パンやサンドイッチや紙パックジュースだった。そういえば朝食も昼食もまだだった。
 ツグミはサンドイッチを頬張りながら、窓の向こうに見える四国の島を眺めた。
 四国の島は重い霧に包まれて、暗いシルエットになって浮かび上がっていた。ふとツグミは不吉な心地になってしまった。四国の島に、アルノルト・ベックリン(※)の『死の島』を連想していた。

※ アルノルト・ベックリン 1827~1901年。スイスの象徴主義の画家。『死の島』は墓地のある小さな孤島を目指す船を描いた作品だが、アルノルトは同じ題材で5点も描いている。

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目次

※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです

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