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■2016/05/11 (Wed)
創作小説■
第12章 魔王覚醒
前回を読む
4
馬はしばらく走り続けた。その速さは風の如く、その勢いは鬼の如く。人馬は風となり、目の前の草むらを2つに割りながら突き進んだ。しばらくして、馬が止まった。乗り手が背後を振り向く。もはや追っ手の影も気配もない。追跡を諦めたのだ。
乗り手が馬を下りた。ソフィーも馬を下りた。
ソフィー
「あの、ありがとうございます。助かりました」
乗り手が頭巾を取り払った。
バン・シーだった。
ソフィー
「あ……あなたは……。そんな……」
バン・シー
「……?」
ソフィー
「いけません! 私から離れて!」
ソフィーが叫ぶ。
だが、ソフィーの体内で、何かが叫んだ。
?
「見付けたぞ。さあ、その名前を呼べ。その女の名前を呼べ!」
ソフィーの体が何かに乗っ取られた。青い光がソフィーの胸から浮かび上がる。ソフィーの瞳から意思が失われた。
バン・シー
「ソフィー! おのれ……」
バン・シーが剣を身構えた。剣の切っ先に炎が宿る。
しかし――。
ソフィー
「……イーヴォール……」
ソフィーが呟くように、その名前を口にした。
突如、辺りが暗転した。ざわざわと激しい風が辺りを包む。暗闇の中、イーヴォールはたった1人で立ち尽くしていた。イーヴォールは周りを見回し、剣を手にしようとしたが、その掌には何も握られていなかった。
闇の向こうから、何かが現れた。烈風がゆらゆらと揺らめきながら、形を浮かべる。髑髏の頭にボロを身にまとった使者だった。
死神
「――イーヴォール……イーヴォール……やっと見付けた。やっと見付けた……」
死神はのそりのそりとイーヴォールに近付いた。
今やその姿は闇に紛れず、はっきりとした形を持っていた。身にまとったボロも、実は法衣であることもはっきりとわかった。
死神は一体ではない。暗闇から、次々と姿を現した。イーヴォールは初めて恐怖に囚われて、足が竦むのを感じていた。理屈ではない、直接心に働きかける、根源的な恐怖だった。
死神がゆっくりとイーヴォールに近付き、骨でしかない手をイーヴォールの胸に差し向ける。
しかしイーヴォールは、それを打ち砕くかのような凄まじい形相をその顔に浮かべた。
イーヴォール
「死神め! この命まだ渡さん! 渡さんぞ!」
唐突に、古い光景がイーヴォールの体を通り過ぎていった。
古代王国ケール・イズの崩壊の光景。巨大な怪物が王国を破壊していた。これまで聞いたことのない凄まじい叫び声。怪物は見える全てを破壊し、塵に変え、飲み込んでしまう。忌まわしき影から、闇の下僕が次々と生まれる。
姫
「ああ……なんてこと。光が失われる。暗闇が全てを覆う。助けてください、イーヴォール様。私は……私は騙されていました。あの異邦人……黒の貴公子に。あの者が放つ偽りの言葉に心を奪われ、忌まわしきものを生んでしまいました。助けてイーヴォール様。この国は失われてしまいます。いいえ、この国だけではありません。全ての大地があの怪物に飲み込まれてしまいます。全ての国から人が消えて、言葉が絶えてしまいます。どうか……」
黒の貴公子が振り返った。肩に、大きな十字を抱えていた。
黒の貴公子が、ニヤリを口の端を吊り上げた。
悪魔の王は途方もなく巨大だった。その咆吼は全ての大地を揺らした。天地を支えていた巨人の力も失われてしまい、雨が降り注ぎ、海の水が立ち上がり、大地を津波が飲み込んだ。
イーヴォールは悪魔の王に立ち向かおうとしたが、押し寄せてくる洪水に飲み込まれてしまった。
それでもイーヴォールは辛うじて生き残った。しかし敵の圧倒的な大きさに、自信を失っていた。
イーヴォールはかつての師の許を訊ねた。
師匠
「覚悟はできているのだな」
イーヴォール
「はい。この名前を封じます。悪魔の王を倒す、その方法を見付けるまで……。旅をします。伝説の中を歩きます」
師匠
「イーヴォールよ、影の者になり、世界を歩け。そなたにはもう自由はない。その身に宿された強い魔力が、幽鬼に陥る運命を遠ざけるだろう。使命が永久にお前を縛り付ける。イーヴォールよ、忘れるな。使命を忘れたその時、そなたはおぞましき幽鬼になるのだ」
イーヴォールは目に涙を溜めながら、頷いた。
その後……。
イーヴォールは方々を旅した。様々な伝承を集め、魔の王を滅ぼす方法を探した。
多くの戦を経験した。多くの死が通り過ぎていった。多くの愚かな生を目撃した。
旅の最中に、様々な人々と巡り合った。聖剣を扱いうる一族の王権樹立に手を貸した。その王権を安定させるために、歴史の操作も行った。
あまりにも多くの死を経験し、長すぎる人生を通過し――。
悲しみも苦しみも、全てどこかに置き忘れたまま――。
たった1つの目的のために。
◇
イーヴォール
「うぎゃあああああああああああ!」
イーヴォールは体をのけぞらせて、この世のものとは思えない凄まじい絶叫を上げた。長い黒髪が一瞬にして真っ白に変わる。全身から蒸気が噴き上がり、美しい肌が割れてひびが入るように皺だらけになった。
ソフィー
「バン・シー様! バン・シー様!」
ソフィーは慌ててイーヴォールの体に飛びついた。
イーヴォールが倒れた。ソフィーが抱き起こす。イーヴォールはすでに息をしていなかった。イーヴォールは一瞬にして老婆になっていた。目が白く濁り、何も映さなかった。死んでいるのだ。
ソフィー
「そんな……こんなことになるなんて……。バン・シー様……」
すると、イーヴォールの死んだ目がぱちりと瞬きをした。むくと起き上がった。全身に走ったひび割れが消えて、もとの美しい肌が戻ってきた。白髪だけが残された。
イーヴォール
「これは……」
ソフィー
「バン・シー様!」
ソフィーは驚きと喜びの混じった顔で、イーヴォールを抱きしめた。
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