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■2016/03/31 (Thu)
創作小説■
第6章 フェイク
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27
ツグミは六甲ケーブル下駅に入った。行き先は六甲山上駅しかない。ツグミは切符を買って、待合室のベンチに座って待った。しばらくして、プラットホームにケーブル・カーが降りてきた。ケーブル・カーの車両は、旧神戸電鉄風のレトロなデザインだった。緑のボディが背後の森によく馴染んでいた。
乗っていた客がぞろぞろと降りてくる。やがて「間もなく、乗車になります」というアナウンスがかかった。ツグミは待合室を出て、ゲートの前まで進んだ。
ゲート前に車掌が立って切符を切った。ツグミはゲートをくぐって、プラットホームに入った。
プラットホームは六甲山の斜面に合わせて、階段状になっていた。ケーブル・カーの内部も同じように階段状だ。
ツグミは階段を登っていこうと思ったけど、すぐに挫折した。一段一段が高い。ツグミの脚では体力を削られるばかりだった。結局、ケーブル・カーのほとんど一番後ろという席に着いた。座席に座ると、車両全体が見渡せるポジションだった。
そういう席について、ツグミは初めて誰かに尾けられているかも、と警戒した。
車両に乗ってきたのは、おじさんやお婆ちゃんばかりだった。ツグミは一応ちらちらと怪しまれない程度に全員の顔を確かめたけど、怪しい雰囲気の人はいなかった。
乗客はツグミを含めて10人。みんな普通の人に見えた。
ケーブル・カーが出発した。ケーブル・カーはきつい斜面を、ゆったりのペースで登っていった。
ケーブル・カーの周囲は深い森だった。絶壁ともいえる険しい場所を、ゆったりの速度で登っていく。不思議なのどかさが醸し出されていた。
窓の外は秋の紅葉が一番美しい時期だった。赤や緑が微妙な感覚で混じり合い、見事な色の相を描き出していた。
ケーブル・カーに乗っているお爺ちゃんお婆ちゃんが、そんな風景を見ながら、楽しそうに対話している。
初めは緊張していたツグミだったけど、ケーブル・カーのゆったりした雰囲気と牧歌的な風景に癒やされて、すっかり緊張を解いてしまっていた。座席に深く座り、まわりをゆったりと流れる風景に身を委ねた。
わずか10分後、ケーブル・カーは六甲山の山頂に到着した。六甲山上駅だ。
ツグミは全ての客が降りるのを見届けて、最後にケーブル・カーを降りた。
プラットホームを通り過ぎて駅を出た。「岡田さんはどこだろう?」と辺りを見回した。
駅を出たところは小さな広場になっていた。広場にはバスが2台停まっている。駅の左手が開けた空間になっていて、そこから六甲山の稜線が見下ろせる展望台になっていた。
広場には通行人すらいなかった。バスの運転手が退屈そうに、缶コーヒーを飲んで暇つぶしをしていた。平和そのもののような風景に思えた。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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