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■2016/03/21 (Mon)
創作小説■
第6章 フェイク
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22
ツグミはさりげなくパーカーの右のポケットに手を入れてみた。携帯電話は確かになくなっていた。「ツグミさん! 1人で先に行かないでください!」
高田がようやく人を掻き分けて、出てきた。高田はツグミの側までやってきて、かなり強く肩を掴んだ。
「ツグミさん戻りましょう。岡田さんに電話して、別の場所を指定してもらいましょう」
高田はツグミの耳に顔を寄せて、喧噪に負けない程度に声を張り上げた。顔も声も苛立った調子が出ていて、恐かった。
「一応、中央広場まで行きましょう。岡田さん待っているかも知れませんから」
ツグミは高田を振り返って、大声で反論した。といってもツグミの弱い声では、それでも雑踏に消えてしまいそうだったけど。
ツグミは高田の意見も聞かず、歩き始めた。高田は不本意な顔をしながら、ツグミの意見に従った。
ツグミと高田は中央広場まで進んだ。
中央広場には、朱塗りの柱の東屋が建っていて、その周囲に干支を象った石像が並んでいた。
中央広場までやって来ると、人の勢いも止まった。みんなこの辺りで足を止めて、食事や対話を楽しんでいる様子だった。賑やかな印象が一層深まっていくようだった。
ツグミは中央広場の隅っこで足を止めて、全体を見回した。なんとなくここにも、岡田はいないだろうと思っていたけど、探す振りだけはした。それに、岡田は何かしら仕掛けをしているような気がした。
中央広場には、くつろぐ人達で一杯だった。みんな楽しげに食べたり笑ったりしている。やはりその中に、岡田の姿はなかった。
「いませんね。ツグミさん、電話を掛けましょう」
高田がツグミの側に立って、周囲を見回した。高田は南京町に入ってからずっと苛々していて、その苛立ちが今にも爆発しそうな怖さが漂っていた。
「でも私、岡田さんの携帯電話の番号、知らないはずなんですけど」
ツグミは焦った。とりあえずバッグに手を伸ばして、いかにもそこに携帯電話を入れているような素振りをした。
「画廊の電話が、発信元を割り出せるようになった、という理由にしてください。向こうが言い忘れるのが悪いんです」
高田は苛々しすぎて、叱るみたいな口調になっていた。
ツグミはどうしよう、とまごついた。反論しなくちゃ、と思ったけど何も思いつかなかった。という以前に、怒る高田が恐くて萎縮してしまっていた。
ツグミは諦めず、辺りを見回した。岡田がいないのはわかっている。だが、今の状況をどうにか切り抜けなければいけない。
突然、爆竹の音が轟いた。
中央広場でくつろいでいた人達が、驚いて振り返った。飛び上がる人もいた。誰もが「何だ、何だ」と顔を緊張させていた。
ツグミは、周囲ではなく高田を見ていた。高田は爆竹の音を聞いた瞬間、振り向いていた。警察官の本能か、音が聞こえた方向に3歩進み、確かめようとしていた。
人だかりの向こうに、竜の張り子が見えた。銅鑼の音が響き、雑伎団風衣装の青年たちの舞が見えた。何かのイベントが始まったらしい。
中央広場の人達は一度虚を突かれたが、拍手をしてショーの始まりを歓迎した。
ツグミにとって、今がチャンスだった。高田の注意が完全にツグミから離れた。
ツグミは音を立てないように、1歩、2歩と後ろに下がった。
いきなり、誰かがツグミを掴んだ。ツグミは体と口元を押さえられ、引っ張り込まれた。
ツグミは抵抗しようとしたが、突然だったし、何者かの力は強力だった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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