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■2016/02/04 (Thu)
創作小説■
第5章 Art Crime
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35
ツグミは杖をついて、廊下に出た。廊下はもう暗い。突き当たりに小さな窓が1つあるけど、そこも暗く沈んでいた。
そんな廊下に、淡い光が漏れていた。書斎のドアが僅かに開いたままになっていて、中の明かりが廊下に落ちていた。
書斎のドアは外開きで、寝室を向いているから、さっきは気付かなかったのだ。
ツグミはドアを開けて、書斎を覗き込んだ。
コルリの机のスタンドが点けっぱなしだった。多分、コルリが何かパソコンで仕事をして、それきり消し忘れたのだろう。
ツグミは書斎に入った。スタンドの明かりを消そうと、机に近付いた。
そこで、コルリの机の上に、図版が2冊、重ねて置かれているのに気付いた。図版の端に、書道用の半紙がちらと覗かせている。
ツグミはすぐに、写真が挟んであるな、と思った。
インクジェットで印刷された写真は、写真用紙にインクを定着させる必要があった。半紙など吸収のよい紙を間に挟みこんで、ちょうど図版のような重さのもので24時間プレスする。それでやっと、写真はできあがるのだ。
ツグミに、悪戯心が湧き起こった。こっそり写真を見てやろう。
インクが定着する前に図版を動かしたら、コルリは怒るだろう。でも、この頃、ツグミに秘密をして撮影しているものが何なのか、知りたかった。
ツグミは杖を机の脇に置き、椅子に座った。上に乗せられた図版を、慎重にのける。下に、半紙が現れた。4枚の写真が、うっすらと浮かび上がる。普段のズボラさからは想像もつかないくらい、きちんと2列に並んでいた。
ツグミは胸をドキドキさせながら、半紙をめくった。
まず、右列の、上の写真を見た。
どこかの地下駐車場だった。無個性的で、どこにでもありそうな地下駐車場――に見えた。
ツグミは何だろう、と写真を覗き込んだ。
そこで、はっとした。あの時のだ。宮川大河に初めて会った、あの時の地下駐車場だ。
その下の写真に目を向けた。
地下駐車場の、エレベーターが開いたところが写されている。やはり、どこにでもありそうな、銀色の壁をしたエレベーター。
その正面の壁に、小さく落書きがあるのが見えた。ツグミは顔を寄せて、じっと目を凝らした。
『ミヤ子、愛シテル』
もう間違いなかった。あの駐車場だった。
ツグミは息が詰まりそうになった。あの時の事件が生々しく体に甦ってきて、胃がムカムカして吐きそうになった。
ツグミはやっと、コルリの「ナイショの任務」の意味を理解した。コルリは1人で、宮川のアジトを探し、突き止めていたのだ。
ツグミは残りの2枚を見た。
1枚は周辺の風景を入れ込んだ、ビルの全体像だった。
もう1枚は、そのビルの入口らしき場所だ。ビルに入っている会社名と、住所が書かれたプレートがばっちりと写されていた。
『クワンショウ・ラボ』
住所は『京都府京都市下右京……』と書いていた。
間違いなく、宮川のアジトだ。
ツグミはひどい罪悪感に捉われた。見てはいけないものだった。
ツグミは写真の上に半紙を掛け、さらに図版を載せた。始めに見た状態とまったく同じにした。
それから、逃げるように部屋を出た。結局、スタンドは点けたままだった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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