■ 最新記事
(08/15)
(08/14)
(08/13)
(08/12)
(08/11)
(08/10)
(08/09)
(08/08)
(08/07)
(08/06)
■ カテゴリー
お探し記事は【記事一覧 索引】が便利です。
■2016/01/25 (Mon)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
30
それからツグミは、今日の出来事をコルリに話した。貸金庫で得たもの。宮川の車に待ち伏せされたこと。コルリは余計な口を挟まず、静かに話を聞いてくれた。時々、ツグミが詰まりそうになると、それとなく助け舟を出すみたいな感じだった。
おかげで、すんなりと話を終えられた。時刻はそろそろ5時半を回ろうとしていた。ガラス戸に射しこんでいた光はすっかり燃え尽きて、画廊に夜の影が薄く広がり始めていた。コルリが席を立って、画廊に明かりを入れた。
「それで、ツグミの描いた絵は? まだ持っとんやろ」
コルリは椅子に座りながら、ツグミの話の続きを促した。
「うん、リュックに入れてきたから」
ツグミはテーブルに置いたリュックを開けようとした。しかし、左手が塞がってうまく開けられなかった。
コルリに助けてもらい、物理のノートを引っ張り出した。一番後ろのページを開く。破いたところに、ノートが2つ折りにされて挟まれていた。
コルリは絵を受け取ると、一目ちらっと見て、「ぶふっ!」と唾を吐いた。
「うわぁ、これは酷い。さすがやツグミ」
それまでの深刻な雰囲気が一気に吹き飛んでしまった。コルリは一応「笑ってはいけない」と思っているらしいけど、どうにも堪えられず「ヒッヒッ」と声を漏らしていた。
「ルリお姉ちゃん、ちょっと笑わんといてよ」
ツグミは恥ずかしくなって、コルリの肩を掴んで揺さぶった。
確かにツグミの絵は下手だ。失笑を誘うものがある。しかし、今のこのタイミングで笑って欲しくなかった。
「ごめん、ごめん。えっと、これは……船?」
コルリは眼鏡を上げて、涙を拭った。それでも、口の端に笑いが残っていた。
「うん。船と港の絵やった。何か、桟橋みたいなところで。空が曇ってて、雨も降っとったわ。でも、どこの船かは全然わからなかった」
ツグミはムキになるみたいに、頬を膨らませて、早口になった。「本当は違うんだ」と伝えたかった。
元の絵は、ノートよりさらに小さな1号の絵だったが、素晴らしい作品だった。現物がもう存在しないのが、悔しかった。というより、燃やしてしまった判断を後悔し始めていた。
「でも、意味深やね。私はてっきり、ナントカ埋蔵金のありかを書いた地図でも出てくるんやと思っとったんやけどな。船かぁ。沈没船かな?」
コルリはやっと真顔に戻ったが、絵を手に首を捻った。
結局、川村がツグミに託したかったものとは、いったい何だったんだろう。むしろ謎を増やしてしまった感じだった。
短い沈黙が流れた。すぐにツグミが、あっと声を上げた。
「そうそう。実はまだあったんや。貸して。実は木枠のところにな……」
ツグミはコルリの手から紙を引ったくって、リュックに剥き出しで放り込んでいたボールペンを手に取った。
ツグミは書く前に、目を閉じて思い出そうとした。すぐに目を開けた。が、ボールペンの動きは慎重だった。
『川村鴒爾』
絵の右下。ちょうどサインを書く位置に、その名前を書いた。
「これは……」
コルリがサインを覗き込んで、顎を撫でた。ツグミはコルリの顔を見ながら、頷いた。
「絵の裏に名前が書いとったんや。多分、川村さんの本当の名前やと思う。あいつらに知られんの嫌やったから、わざと書かんかったんや。でも、なんて読むんやろう?」
ツグミはちょっと得意げになって説明し、最後で自信がなくなって名前を覗き込んだ。
見たことのない字だった。絵を記憶する要領で、形だけ覚えてきたのだ。だから書き順も、字のバランスもぐちゃぐちゃだった。
「川村……『レイジ』」
コルリはすんなりと、知っているみたいに文字を読み上げた。
「え、ルリお姉ちゃん、読めるの?」
ツグミはびっくりしてコルリを振り返った。
コルリはツグミに応えず、なにか考えるみたいに顔を上げた。目を閉じて、眉間に皺を寄せて「う~ん」と唸る。
ツグミは何も言わず、コルリが何か思い出すのを待った。
「やっぱ、あれやな。多分」
やっと何か思い出したみたいに呟いた。でも自信があったわけではないらしく、言った後で首を捻った。
コルリは何も言わずに席を立ち、まだ何か考えているみたいに腕組しながら、廊下のほうへ向かった。
「ルリお姉ちゃん? ねえ?」
ツグミは何だろう、とコルリの背中に声を掛けた。
しかしコルリは、もう自分の考えに閉じこもってしまい、何も答えず靴を脱いで廊下に上がってしまった。音を追いかけていくと、どうやら2階に上がっていったみたいだった。
ツグミは何となくぽつん、と寂しい気持ちで画廊に取り残されてしまった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです
PR