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■2015/12/30 (Wed)
創作小説■
第5章 Art Crime
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17
ツグミは自分の膝に頭をくっつけんばかりに、体を折り曲げた。「あの人が意味もなく贋物なんか描くわけないやろ。ポール・カゾーっていうのに意味があるんちゃう? どんな人やったん? ポール・カゾーって」
コルリはテーブルに身を乗り出し、ツグミを覗き込んだ。
ツグミは頭を上げて、頬を一杯に膨らませた。両頬に当てた手で、両側に思い切り頬を引っ張り、元の顔に戻した。
「人物については、あまり知られていないんや。贋作師って、メーヘレンくらい有名にならんと、本にもならへんから。わかっているのは、詐欺の手口だけ」
「それって、どんな?」
コルリは話を聞き出すふうではなく、ツグミ自身に理解を促す感じだった。
「まず、本物のミレーを用意する。裏にポール・カゾーの贋物を貼り付けて、木枠に取り付ける。その状態で、シャルルが取引の時に、こう言う。『あなたの買った絵は、これに間違いありませんね。証明のために、裏にサインを書いて下さい』って。でも、客がサインしたのは、ミレーの絵ではなく、ポール・カゾーの絵、というわけや」
だから後で客が「騙された」と気付いても、「あなたは納得してサインしたじゃないですか」とシャルル・ミレーは主張できるというわけだ。
シャルル・ミレーとポール・カゾーは、この手口で相当数の贋作を市場に流した。おかげで、今でも真贋の怪しい絵が、美術館にも図版にも残される結果になってしまっている。
「ふうん、よく考えたものやわ。頭のいい人は、いるもんやねぇ」
コルリは、また「呆れた」という調子になって、椅子に深く座って絵に目を向けた。
ツグミも絵を振り返り、椅子に深く座った。
そのまま、沈黙の間が漂った。ツグミはぼんやりと、絵を眺めていた。
不可解な絵だった。しかし、見れば見るほど深みがある。贋物だとしても、ミレーやポール・カゾーとは別の価値を持つであろう絵に思えた。そう、メーヘレンとは比べようもない、特別な価値が。川村の技術と感性は、それくらい突き抜けたものがあった。絵を通して感じられるのは、贋作であることが惜しいくらいの、絵描き自身のとてつもない才能だった。
「……なあ、ツグミ。この絵も、2枚重ねになっとぉんちゃう?」
コルリが絵を見ながら、ぽつりと口にした。
ツグミは、はっとしてコルリを振り返った。コルリもツグミを振り向く。
単なる思い付きのような台詞。しかし、間もなくツグミの内に「まさか!」という言葉が浮かんだ。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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