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■2015/12/02 (Wed)
創作小説■
第6章 キール・ブリシュトの悪魔
前回を読む
13
悪魔との戦いは終わった。壮絶な体験であった。戦を経験するよりも桁外れの恐怖と力のぶつかり合いだった。誰もが戦いが終わると力尽きたように膝を着き、深く息を吸った。今さら恐ろしさを実感して涙を流し、失禁する者もいた。バン・シー
「怪我はないか」
セシル
「いや、大したことはない。それよりも、他の者を……」
セシルは聖剣を杖にして起き上がり、周囲を見回した。円形劇場は原型がとどめないほどに破壊され、その瓦礫の下に仲間達の死体があった。
セシル
「そんな馬鹿な。いずれも名を残すべき英雄だったというのに……。何人が生き残った?」
オークとソフィー、ゼイン、ルテニーを含む7人であった。ようやくその事実に気付いて、セシルは愕然とした。
バン・シー
「私はそなたさえ生き残ってくれればそれでいい。ソフィー。王子の面倒を見てやってくれ」
ソフィー
「は、はい」
そう言われて、ソフィーはセシルの許に駆け寄った。ソフィーの心労は他の者より大きく、手の震えも涙も止まらなかった。それでも、治療の手を休めず働き続けた。
バン・シーもさすがにくたびれた様子らしく、瓦礫の上に腰を下ろして身体を休める。
バン・シーにオークが近付いた。
オーク
「バン・シー殿。あなたはずっとこのような戦いに」
バン・シー
「そうだ」
オーク
「あの王が戦慄する理由がよくわかりました。確かに悪魔との戦いは恐ろしい。とても堪えられるものではない。しかしあなたは、なぜ悪魔と戦い続けるのですか」
バン・シー
「……約束だからだ。それだけだ」
オーク
「…………」
人並みならぬ魔術師。しかし私欲を求めず、ひたすら悪魔との戦いを求める理由……。オークが考えても、わかるような話だとは思えなかった。
誰もが力尽きていた。オークも立っていられず、バン・シーの側に座り込んだ。セシルはソフィーの治療を受けながら、それでも威厳を失わないようにどっしりと構えていたが、かつてないほどに消耗している様子だ。残りの戦士達も、放心状態か意識を朦朧とさせているかのどちらかだった。実際に戦った時間は僅かだったが、消耗は想像していた以上に大きかった。
しかしそこはネフィリムの巣窟であり、総本山だ。いつまでもゆっくりしているわけにもいかず、バン・シーはそろそろ指示を出そうと立ち上がった。
その時だ。恐るべき事態が起きた。
地の底から響くような咆吼が1つ。いや、もう1つ。邪悪なる者の気配があちこちから立ち上がった。
全員が衝撃と恐怖で跳ね上がり、しかしそれ以上の恐怖には耐えがたく、誰もが困惑を浮かべていた。
セシル
「どういうことだバン・シー! 悪魔はいったい何体いるんだ!」
バン・シー
「どうやら事態が変わったようだ。走るぞ!」
さすがのバン・シーも顔に冷や汗を浮かべていた。
セシル
「待て! バン・シー説明しろ!」
バン・シー
「甘えるな! 私がすべてを知っているわけではない。今は走って逃げることだけを考えよ」
生き残った一同は、死んだ者の遺品を素早く荷物袋に放り込み、劇場から走って脱出した。
邪悪なものの気配は、その間にも次々と立ち上がった。一同はバン・シーの導くままに通路という通路を、広間という広間を駆け抜けた。
しかし何かがオーク達を追いかけた。壁の向こうにその気配が浮かび上がった。
一行が次の広間に飛び込んだ時、突如天井が抜け落ちた。瓦礫とともに恐るべきものが落ちてくる。悪魔であった。
ルテニー
「冗談じゃないぞ! あんなのと2度も戦えるか!」
セシル
「同感だ。戦おうとするな! 走れ!」
悪魔は戦士達を捕らえようと飛びついてきた。しかしもろい床に巨体がのしかかったために地面が崩れた。悪魔は奈落へと落ちていく。
崩れる床に、戦士達も足を取られた。悪魔が奈落から手を伸ばし、戦士の1人を掴んで道連れにした。助ける余裕はなく、オーク達は走ってその場を脱出した。
次の広間に出た時、そこで出迎えたのはネフィリムの大群だった。
バン・シー
「おのれ穢わらしい者どもめ!」
バン・シーの顔に憤怒が浮かび、両掌に雷が炸裂した。ネフィリムの大群が、一気に弾け飛んだ。真っ黒な肉片が、空間一杯に飛び跳ねて、魔力の余韻があちこちで爆ぜていた。
しかしバン・シー自身、大魔法の発動に膝が崩れた。ソフィーがバン・シーを助けて、さらに走った。
出口はすぐそこだった。戦士達は一気にその向こうへと走った。
辺りを覆っていた霧とは、明らかに別の種類の雲が、キール・ブリシュトから立ち上り、もくもくと広がって辺りを包み込もうとするのが見えた。その背後で、悪魔の咆吼が轟いた。
戦士達はキール・ブリシュトを走って離れると、谷の入口で待たせていた馬にまたがり、山道を猛然と走った。ネフィリムの軍勢が戦士達を追いかけてくる。戦士達はひたすら馬を走らせ、1日かかった道のりをわずか数時間で走破してみせると、死の山から逃れ、北西の方角に進路を向けた。
辺りに夕暮れが迫って、不吉なまでに赤く染まっていた。背後を振り返ると、遠ざかる山脈の頭上に黒い雲が被さり、あからさまに不自然な様子で広がっていくのが見えた。
セシル
「バン・シー。そろそろ話せ。いったい何が起きた」
バン・シー
「どうやら想像もしたくない事態が起きたようだ」
セシル
「どういうことだ」
バン・シー
「封印の力自体が弱まっているのだ。悪魔を封じる力が失われかけているのだ」
オーク
「ならば一体どうすれば……」
バン・シー
「こんな事態にならねばいいと、ずっと祈っていた。しかし望みは失われた。行こう。今は攻めるよりも守りに徹しよう」
一同は馬を走らせ続けた。不吉なる夕日は、間もなく恐ろしい暗黒の夜を作り出した。
しばらくすると、一行の行く手から騎馬が一騎、走り寄ってきた。
ルテニーがとっさに弓矢を身構えた。
伝令
「セシル様! セシル様! ――撃つな! 急ぎ伝えたいことがある!」
しかし足を止めるわけには行かず、伝令の馬は一同の馬と併走した。
セシル
「何事か!」
伝令
「各地でネフィリムの大群が出現しています。セシル様が行ってから間もなく、各地で黒い雲が現れ、ネフィリムは昼と夜の区別なく洞窟という洞窟から姿を現したのです。まるで決起でも起こしたかのように集結、行進中です!」
セシル
「どちらに向かっている!」
伝令
「王城のほうです。大軍勢です。見慣れぬ巨人も確認されています」
全員が騎士の報告に絶句した。
バン・シー
「……災いは繰り返されるか」
その時、背後の森でぎゃあと声が上がった。夥しい数のカラスの大群が舞い上がり、赤い空を覆った。カラスの大群は、南へ向かっていた。
バン・シー
「戦いの度にカラスが増える。凶兆ならもう届いている」
あまりにも不吉な知らせに、それ以上何か言おうとする者は現れなかった。
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