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■2015/12/05 (Sat)
創作小説■
第5章 Art Crime
前回を読む
5
ツグミは改めて『ガリラヤの海の嵐』を振り返った。やっぱり、交換会やろうな、と想像した。岡田も知らないところで、どこそこの社長さんの手に渡るように、すでに契約が成立しているのだろう。岡田のところに絵が回ってきたのは「絵画のロンダリング」の途中なのだ。
ただ、はじめに「絵のロンダリング」を企てた画商も、最終的に絵を購入する予定の社長さんも、この絵が贋作だとは気付いていないだろう。
確かに絵は見事な完成度だった。壮大かつ雄大。間近で見ると、クラクラするような神々しさすらある。
技術的に問題がない。というより、レンブラントの精神を完璧に映し出していた。
実際に、これだけの規模の贋作を作るとなると、どれだけの実力と資金が必要になるのだろう。手がけた贋作師は、間違いなく天才だ。贋作師にしておくのは勿体ないほどに。
「この絵の真画って、まだ発見されてへんの?」
ツグミは絵を見上げながら、岡田に尋ねた。確か、これが発見されたというニュースは、まだやっていないはずだ。
「1990年に盗まれたきりや。嬢ちゃんまだ生まれとらんかったから、あんまり知らんやろ」
岡田が顔を上げる。まだ顔と声に落胆を残していた。
「知っとおよ。1990年、3月17日。イザベラ・スチュアード・ガードナー美術館(※)に2人組の強盗が押しかけた。その時に盗まれた美術品は全部で14点。美術品は現在に至るも発見されていない。でしょ?」
ツグミは馬鹿にされたくない、と思って本で読んだ内容を、間違いないように諳んじてみせた。
イザベラ・スチュアード・ガードナー美術館があるのはボストンだ。美術館の名前になっているイザベラが個人で建設し、美術品も全て自身が蒐集した。
市や国の援助を受けていたわけではないから、規模も小さく美術品の数も少ない。ただ、イザベラには優れた目利きの才能があった。まだ発見されたばかりの画家や、真贋の曖昧だった傑作を次々と掘り出し、オークションなどで格安で掻き集めた。
数は少なくとも、ガードナー美術館が「質」という点において、世界有数の美術館の1つとされている理由がそれであった。
そこに強盗が押し入ったのは3月17日の深夜。日付が18日に変わる時間だ。
強盗は警官服を着ていた。これに、当時駐在していた2人の警備員は油断したのだ。
「警備員はアルバイトの素人やった。だから、あっさり犯人に縛り上げられ、あとは悠々と盗み出されてしまった。フェルメール、レンブラント、ドガ、ホーフェルト・フリンク……。全部で14点の美術品が盗まれた」
岡田が自分の思い出でも語るように、事件の概要を話し始める。
俗に《ガードナー事件》と呼ばれるこの事件を取り扱った本は、一山できるくらい出版されている。
その時に盗まれた美術品の1つが、『ガリラヤの海の嵐』だ。今や幻の作品で、美術好きの間で伝説化している。
「この事件は、今においても美術盗難史上、最高の被害総額を記録している。理由はただ1つ。フェルメールの『合奏』や」
ツグミが岡田の後を続ける。ツグミだって、本の一山くらい読んだ。知識で負けるつもりはなかった。
岡田が重々しく頷いた。
「そう。フェルメールの『合奏』。事件全体で被害総額150億円と言われているけど、内訳がフェルメールの『合奏』が一点で100億円。残り13点が合わせて50億円という計算や」
『合奏』は今、幻の名画として、天井知らずに値段が吊り上り続けている。語る人によって多少の増減はあるが、少なくとも150億円以上はするだろう、と言われている。
※ イザベラ・スチュアード・ガードナー美術館 ボストンに実在する美術館。1990年3月17日盗まれた14点の美術品は、現在も発見されていない。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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