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■2015/11/29 (Sun)
創作小説■
第5章 Art Crime
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2
元町の高架下を潜り抜け、アーケード手前の細い小道に入っていく。そこに岡田書店はあった。その辺りは、いつも薄く影が落ちていて、明るい昼間でさえ、いかがわしい雰囲気が目一杯に溢れていた。空気が重く底のほうに留まり、不快な臭いが湿り気を帯びてまとわりついてくるようだった。
岡田書店の構えも、アルミの柱や壁が雨の泥で黒くなり、ぼろぼろに傷んでいる。店の名前の入ったプラスチックの看板も、下半分が欠落していた。
店の中に落ちる影はさらに重く、開けたままの扉から怪しい何かが手を伸ばしてくるように思えた。
ツグミは岡田書店の前までやって来て、そのまま通り過ぎてしまった。
正直、入りたくない。岡田の口車に乗せられ、ここまでやって来てしまった自分の判断力の甘さを呪った。
しかし、入らないわけには行かない。これは仕事なのだ。そう仕事なのだ。仕事……仕事……。
ツグミはそう自分に言い聞かせて、岡田書店を振り返った。
店の前までやって来て、ツグミは深呼吸して、最後に息を止めた。覚悟を決めて、店の中に飛び込んだ。
店の中は狭く、書棚がぎっちりと押し込まれていた。通路の幅は、人の肩幅よりもやや広いだけだった。書棚に並べられた、裸の女たちが、一斉に微笑みかけてきた。
岡田書店は成人向け雑誌を専門に取り扱う店だった。一言で言い表すと、エロ本屋だった。
店の客は当然、男性ばかり。ツグミが入っていくと、みんな一斉に振り返った。どちらかといえば、何かが異物が混じり込んだというような驚きと戸惑いの目線。その目線が……いやどんな目線であれ刺すように痛かった。
ツグミは充分に決意して入ったつもりだったが、男たちの視線の前に踏みとどまってしまった。帰りたい。強烈にそう思いながら、しかし杖をついてできるだけ早く、男たちの背後をすり抜けていった。
男たちの好奇の視線がツグミを追いかけてくる。こんなに視線が痛く感じる経験は、そうそうないだろう。よくよく考えてみれば、こんな場所で女子高生がセーラー服姿で入っていく。ありとあらゆる誤解を受けても仕方がないシチュエーションだった。それに通路の幅が狭く、どうしても男たちの後ろを、背中をくっつけて通らねばならず、それが不愉快極まりなかった。
奥のカウンターに立つ、バイト青年の前まで行く。ドレッドヘアなのだが、どちらかといえばモップが目元を隠している感じの、色黒の青年だった。
「岡田さんは?」
声に嫌悪感を隠そうとも思わなかった。
バイト青年は、無表情にカウンターの後ろを指でさした。
カウンター後ろは扉ではなく、書棚で仕切り、突っ張り棒で暖簾を掛けているだけだった。
バイト青年の無感情な対応がありがたがった。ツグミは「ありがとう」と短く感謝を告げて、カウンター奥へと入っていった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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