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■2016/07/29 (Fri)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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27
再び周囲が暗転して、ツグミは動揺と混乱を同時に感じた。誰のものかわからない足音が目立って響いた。「川村はどこだ! 川村を探せ!」「何をしている。早く明かりを点けろ!」
逆上したヤクザたちの声が、闇の中で交差した。宮川の声も、突然の暗闇に激しく混乱していた。
逃げるチャンスだった。ツグミは這いつくばって、混乱の中心から遠ざかった。遠ざかりつつ、ヒナがいるはずの場所を目指した。ヒナは両手両足を縛られたままだから、自力で脱出できないはずだ。助けなくちゃいけないし、今が助けられる唯一のチャンスだった。
やっと誰かが懐中電灯の明かりを点けた。真っ暗闇に光線が3つ、浮かんだ。
宮川一味の混乱は、にわかに落ち着き始めた。宮川一味は、まず懐中電灯でお互いの姿を確認しあった。次に、光が周囲に向けられた。
ツグミは身を小さくして、「見付けられませんように」と祈った。
「おい待て。『合奏』を照らせ。何か変だぞ」
男の1人が大声を上げた。今までにない動揺した声だった。
ツグミも声に反応して振り返った。懐中電灯の光が、『合奏』の本物があった場所に集まった。
『合奏』の本物に、刃物で大きなバツの字が刻まれていた。捲れ上がった麻布の影が、懐中電灯の光で四方に散っていた。
「川村を探せ! 見付け次第殺せ! まだ近くにいるはずだ!」
宮川の怒りが、一気に最大値を振り切った。宮川の怒りは、ただちに5人のヤクザに伝播した。
懐中電灯の光が四方に向けられた。ヤクザ一味は川村を見付けようと、暗闇の中を進み始めた。
ツグミは身の危険を感じた。今ここで宮川に捕まったら、確実に殺される。
ツグミはヒナの許に急ごうとした。今は自分の危険よりも、早くヒナを救いたかった。
その時、誰かがツグミを掴んだ。ツグミはヤクザの誰かだと思って、体を固くして反抗しようとした。
「落ち着いて。ツグミさん、私です」
女の、押し殺した声だった。ツグミはとっさに「ヒナお姉ちゃんだ」と思った。
女はツグミの体を引き寄せて、抱き上げようとした。ツグミも女を信頼して、女の首に縋り付いた。
女は暗闇の中を、方向がわかっているみたいに走り始めた。女の横を、何者かの一団がぞろぞろと横切った。
ツグミは、にわかに混乱を感じた。何が起きているのか、理解できなかった。とにかく、この女はヒナじゃない! 強烈な光が周囲を覆った。眩しい光が、廃墟の内部をくっきりと浮かび上がらせた。
「警察だ! 暴行および逮捕監禁の現行犯で、お前たち全員逮捕する!」
勇ましい男の声が、光の中に響いた。
ツグミは女の横顔が光に浮かび上がるのを見た。女は、ヒナじゃなかった。高田香織警部補だった。
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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