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■2016/07/25 (Mon)
創作小説■
第7章 Art Loss Register
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25
ツグミは地面に両手をつけた。右脚だけに体重を寄せて、ゆっくり立ち上がった。2度目だから少し慣れた。ツグミは絵を見る前に周囲に注意を向けた。照明の外は暗闇に包まれている。それでも気配は、はっきりと感じた。全部で5人だ。
改めて、ツグミは目の前に並んだ絵を振り返った。左脚を引き摺って、右脚だけで進んだ。6枚の『合奏』を、もっと間近で見ようと思った。
絵の前までやってくると、6枚の『合奏』は異様な煌めきを放ち始めた。クラクリュールに光が当たって、輝き始めた。
とてつもない宝石に囲まれている気分だった。と同時に、6枚の『合奏』から強烈な魔力を感じた。
急にツグミは目眩を感じた。6枚の『合奏』の世界に、意識が取り込まれそうになった。6方向にパースが引き摺られて、平衡感覚が狂わされた。
ツグミは足下に目を落として、呼吸を落ち着けようとした。6枚の『合奏』は、じっくり眺めるにはあまりにも印象が強かった。
ツグミは充分に心の準備をして、顔を上げた。胸を押さえながら、6枚の絵を左から順番に見た。
6枚の『合奏』は、どれも美しかった。ツグミは我を失わないように、胸を押さえつけた。少しでも気を許すと、絵に魂を吸い込まれて、判断力を失ってしまいそうだった。
ツグミは、左から順番に6枚の『合奏』を見た。次に、右から順番に『合奏』を見た。間違いがないように、ツグミは時間を掛けて、何度も6枚の『合奏』を繰り返し見た。
「まだか! 早くしろ!」
後ろで、宮川が苛立った声を上げた。ツグミは宮川を無視した。6枚の『合奏』に深く集中していて、気にならなかった。
ツグミは再びうつむいた。頭の中が混乱していた。意味がわからなかった。ツグミは目の前に起きていることを理解しようと、必死で頭を働かせていた。
もう1度、そっと顔を上げて、6枚の『合奏』をバラバラに見た。頭の中で、ツグミは何度も自分と議論をした。自分の思考を、どこかに定めようとした。
ようやく結論に達した。
ツグミは片足飛びで、振り返った。宮川のいる場所に進みながら、川村に目を向けた。
――川村さん、いいんやね。
ツグミは川村に伝わると思って、心の中で訊ねた。
川村は地面に突っ伏した格好のまま、僅かに顔を上げた。川村はツグミを真っ直ぐに見て、1度そっと頷いた。
それで、ツグミの決心が固まった。ツグミは宮川を振り返った。ツグミの意思から、不安と迷いが消えた。
「さあ、本物はどれだ。どれが本物の『合奏』だ。答えろ!」
宮川の声に、異様な熱気がこもっていた。宮川は6枚の『合奏』の魔力に、すっかり取り込まれているのだ。
ツグミは6枚の『合奏』を振り返った。6枚のうちの1枚をビシッと指でさした。
「あれや! あれが本物の『合奏』や!」
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目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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