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■2016/05/29 (Sun)
第13章 王の末裔

前回を読む

 その知らせを聞くと、ウァシオは従者を引き連れて大門へと駆けつけた。
 すると夜明けなのに関わらず、辺りは暗い闇が覆っていた。太陽の光を不気味な赤い色に変えて、異様な冷気が足下から広がるのを感じた。
 その明かな不自然な闇の中で、ウァシオは山が動いているのを見た。いや、山ではなく何かしらの生き物だ。それは辺りの風景を真っ黒な色に変えながら、巨体を大きく揺らしつつ、のそりのそりと歩いていた。

ウァシオ
「あれが悪魔の王か……。あれが悪魔の王か! ついにやったか!」

 ウァシオが歓喜の声を上げた。
 だが兵士達は得体の知れない恐怖に囚われて、物陰に隠れようとした。

ウァシオ
「何をしておる。悪魔の王だぞ! 見ろ!」

 だが兵士は恐怖に囚われたように蹲り、頭を抱えていた。
 悪魔の王は図抜けて巨大だった。遠くから見れば山というくらいの大きさである。だがその姿ははっきり見えなかった。その姿は闇に遮られて、人間の目にははっきり形容できず、ただ巨大な黒い何かが足のようなものを繰り出して歩いている……という感じだった。頭部らしき部分に何かあるらしく、鈍く光を漏らしている。
 悪魔はその足下に7体の悪魔を従えて、その周囲を人間達が取り巻いていた。悪魔達を誘導しているのは人間達だったが、あまりにの小ささに、見落としてしまいそうだった。
 ウァシオは大門を潜り抜けて、平原に飛び出してきた。

ウァシオ
「素晴らしい……素晴らしい! 素晴らしい!」

 ウァシオが歓喜の声を上げる。
 だが従者達は悪魔の王とその配下達が放つあまりの禍々しい気配に、恐怖を通り越して恐慌状態を引き起こしていた。
 悪魔の王の到着に、城下町を乗っ取ったゼーラ一族の全員が戸外に飛び出し、大門の縁に集まって、野蛮な声を上げていた。

ジオーレ
「お気に召したかな」

 ジオーレがウァシオの前に進んだ。その杖が、暗闇の中にあって異様に煌めいていた。その光は、悪魔の王を制しうる唯一の光だった。

ウァシオ
「……素晴らしい! はっはっ! 本当に素晴らしい! こいつがあればケルトの王どころではない。ブリデンを滅ぼし、アジアを征服し、世界を手に入れることだってできるぞ!」

 ウァシオは興奮気味に声を上擦らせていた。

ジオーレ
「そうか。残念だがウァシオよ。そういうわけにはいかない。そもそも我々がなぜこんな辺境へとやってきたのか。――パガンの王を英雄にして取引するためか? その連中にささやかな土地を分けてもらって布教することか? いや、そうではない。我々の目的ははじめからたった1つだ。わかるかね、パガンの王よ」
ウァシオ
「何の話をしておる」
ジオーレ
「言葉とは論理だ。複雑極まりない現実をモデルにしたパズルだ。幾千の言葉より、行動に勝るものはない。――つまり、こういうことなのだよ」

 ジオーレは輝く杖を高く掲げた。それを合図に、神官達が応じて列を変え、光る杖で悪魔達を挑発した。
 悪魔達の間に、しばし動揺が走った。それから悪魔は自身達が放たれた状況に気付くと、一斉に飛び出し、城下へとなだれ込んだ。悪魔達は本能のままに人間を襲い、住居を破壊し、炎を放った。大門に集まってきたゼーラ一族達は、一番に全滅させられた。

ウァシオ
「何をする! 私の国だぞ!」

 ウァシオは剣を抜き、ジオーレの首に押し当てた。
 しかし恐怖という感情が欠落しているこの男は、にやりと笑った。

ジオーレ
「意外だね。暴君である君が民の死を嘆くのかね。改めて言うまでもないが、クロースはこの世で最も栄光ある思想だ。だからこそ、誤った信仰を持つ無知蒙昧なパガンに教育を施してやらねばならない。時には厳しく、邪悪な信仰が2度と甦らぬようにね」
ウァシオ
「……貴様ァ!」
ジオーレ
「いかにもパガンらしい反応ではないか。野蛮で怒りっぽく、攻撃的。我々のような洗練された知性を身につけたらどうかね。我々は地に頭を着けて教えを乞う者は拒まんよ」

 ついにウァシオの怒りが頂点に達した。
 ウァシオは剣を振り上げる。
 が、何かがのそりと迫った。はっと顔を上げる。真っ黒な何かがそこにあった。
 悪魔の王が、ウァシオを踏みつぶしたのだ。ウァシオが立っていた周囲が数メートルが陥没した。衝撃の凄まじさに、ジオーレの体が後ろに吹っ飛ぶ。
 悪魔の王が足をのけると、剥き出しになった土の中に、かつて人間だったらしきものが、カエルの死体のように臓物を剥き出しにして転がっていた。

ジオーレ
「……愚か者が愚か者を殺す。野蛮人の王には、ふさわしい死に方じゃないか。え? 悪魔の王よ?」
僧侶
「ジオーレ様。この城はいかがしましょう」
ジオーレ
「捨て置け。このような無様な石の集まりなど、神の住まいに相応しくない。南へ行くぞ。我々のために、もっと壮麗な宮殿を築こうではないか!」

 その時、悪魔の一体が城壁の塔に登り、遠くの丘に目を向けた。警告するように唸り声を上げる。
 ジオーレも気付いて、その方角を振り向いた。

ジオーレ
「そうだな。奴らも始末せねばならない。――世界はクロースのものだ。全て滅んでしまえ! 全ては私の前にひれ伏すがいい!」




 王城のはるか東の森で、ゼインがその様子を見ていた。

ゼイン
「まずいぞ。みんなに知らせないと」

 その時、悪魔の一体が塔に登り、こちらをじっと睨み付けてきた。
 気付かれた!
 ゼインは大慌てでそこから離れた。

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