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■2016/05/27 (Fri)
創作小説■
第13章 王の末裔
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3
夜が明けようとしていた。ひどく冷たい空気が垂れ込んできて、疲れ切った顔をする騎士達を包みこもうとしている。列の先頭に立つイーヴォールも、疲労を重く浮かべていた。イーヴォールは真の名前を明かされて以来、だいぶ疲れやすくなった。体力は並の人間か、それ以下というところまで落ちていた。名前を隠すことで得ていた加護を失ったからだろう。
朝日が昇る時間になり、東の空が淡く霞みかけている。だがむしろ、夜の闇は色を深くしている。朝と夜の端境にある沈黙が辺りを包んでいる。
間もなく夜明けだ……しかしいくら待っても、闇は払われず、むしろ深さを増していくように思えた。
イーヴォールはようやくはっと気付いて辺りを見回した。列を作っていたはずの仲間達が姿を消していた。自分の居場所もわからない。見知らぬ森に迷い込んでいた。
辺りの闇は尋常ではない深さを持ち、風は凍り付くくらいに冷たかった。
イーヴォールはようやく現世ではない別の場所に迷い込んだと気付いた。
馬を止めて、辺りに警戒を向ける。真っ黒に塗りつぶされた周囲の茂みから、怪しげな気配がちらちらと見え隠れしている。髑髏の目を赤く光らせた、死者――死神たちであった。
イーヴォールは意識を強く際立たせた。すでに死神たちが周囲を取り囲んでいた。だがいくら見ても、全部で何人いるか数えられなかった。
イーヴォール
「なるほど……。今度は仲間を集めてきたというわけか。――死にたい奴から来い! このエクスカリバー、刃はこの有様だが、神秘の力は失われておらんぞ!」
イーヴォールはエクスカリバーを抜いた。魔力が込められた切っ先を周囲に向ける。
啖呵を切るイーヴォールだったが、内面は動揺していた。声が引き攣り、体が恐怖で凍り付きかけている。
しかし死神達は、イーヴォールを取り囲んだまま、それ以上に向かって来ようとはしなかった。
何事か――そう思った時、イーヴォールははっと頭上に気配があるのに気付いた。
僧侶
「待て待て。争う気はない。武器を収めろ」
木の枝先に、東洋の僧侶のような衣をまとった男が立っていた。着物をはだけで上半身を見せ、その肩には6本の腕が付けられている。それぞれの手が木の枝を巧みに掴み、危うい場所でありながら平衡を保っていた。
僧侶
「お前がイーヴォールか。よくぞ1000年もの間、我々を欺いてくれたものだな。お前みたいな奴は、人が物を言うようになって以後、初めてだ。お陰でこっちはいろいろ仕事が立て込んで大変だったぜ」
イーヴォール
「インドで厄介な神に憑かれたか……。何用だ!」
恐らくは死を司る神だ。イーヴォールは底知れぬ恐怖を感じていたけど、感情を押し込んで叫んだ。
僧侶
「せっかちな奴だ。お前も年寄りなら、もう少し余裕を持ったらどうだ? 人の生き死には、うんざりするくらい見てきたんだろう」
イーヴォール
「今は時間がない。死神どもに道を塞がれているからな。何があっても、ここは通してもらうぞ。この魂、奪いに来たというのなら力尽くで突破させてもらう」
僧侶
「――これのことかね」
坊主はにたりと笑って、手の1つをイーヴォールの前で開いて見せた。そこに、青く輝く珠が1つ浮かんでいた。
イーヴォールは顔を驚愕で凍り付かせ、自分の胸を押さえた。そこから鼓動が失われているのに気付いて、はっきりと青ざめる。
僧侶
「ヒッヒッヒッ……。人間のくせに生意気をするからだ。だがな、こっちは神だ。もうお前の魂はわれらの手の中。握りつぶそうと思ったら、いつでもできるぞ」
イーヴォール
「それを返せ!」
僧侶
「うほほ! いいのか。潰すぞ。この魂潰すぞ!」
イーヴォール
「…………」
イーヴォールはこれまでにない形相で、悪神を睨み付けた。
僧侶
「しかしだな、ほんの少しなら猶予を与えてやらんでもない。どうだ。取引しないか」
イーヴォール
「そういうのを脅迫と言うのだ。言え。どうせ私には選択肢がない」
僧侶
「利口な奴だ。実はな、話っていうのは、あの悪魔の王のことだ。あのクロースどもが作り出した忌々しい化け物さ。あの野郎、こっちの世界でも好き勝手暴れ回っている。誰にも手を付けられんのだよ」
イーヴォール
「知ったことか。神の問題は神がなんとかしろ」
僧侶
「おうおう、言ってくれるじゃないか。潰すぞ。この魂潰すぞ」
イーヴォール
「この私にクロースの悪魔を倒せ。そういう話なのだな」
僧侶
「そうだ。もし本当に倒せるというのなら、お前を寿命が果てるまで取らんでやる。もし逃げるなら、今すぐにこの魂を握りつぶす」
イーヴォール
「お前達でもなんとかならんのか」
僧侶
「駄目だ。あいつは俺達にでも倒せない。あいつを倒す方法は、どうやらお前が見付け出した方法しかないようだ。なあ、悪い取引じゃないだろう。俺だけじゃない、多くの神々が望んでいるんだ」
イーヴォール
「もとよりそのつもりだ。1000年間、そのためだけに生きてきた。もし役目を終えられたら、その時点でこの魂をお前にくれてやる」
そう言いつつ、イーヴォールは僧侶から目を逸らした。
僧侶
「言ってくれるじゃないか。いい女だぜ。しかしお前はこうも思っている。聖剣を扱える人間がいない」
イーヴォール
「…………」
イーヴォールは図星を突かれて、はっと顔を上げた。
坊主がにたにたと不気味な笑みを浮かべている。
僧侶
「あんたでも知らんことがあるようだな。だがよく聞け。真に正しき道は、常に険しい脇道の中にこそ用意されている」
イーヴォール
「……どういうことだ」
僧侶
「いずれわかることさ。見付けられなかったら、お前はおしまい。それだけさ。――それじゃ、担保は頂いていくぜ。この魂の半分……」
僧侶の掌が、すっと鈍くなった。
イーヴォールはすぐに自分の胸を押さえた。心臓が弱々しく脈打つ感触があった。
僧侶
「お前の魂はこの掌の中……俺はいつでもこいつを握りつぶせる。わかっているな」
イーヴォール
「貴様は口数が多いな。これは約束ではない。使命だ」
僧侶
「ほっほっほっ。使命か? いいや、約束だ。約束だったはずだ。忘れたわけではあるまい。いや、忘れていないからこそ、お前は使命だと言い聞かせている。ケール・イズが悪魔の王に滅ぼされる時、お前は約束した。姫君とな」
イーヴォールに動揺が浮かんだ。1000年前、自身を追放した姫を思い出していた。そして哀れな姿になって、自分を訪ねてきた“真理”を持つ者を。
イーヴォール
「いらんことを知っておる……」
僧侶
「ヒッヒッヒッ。お前のことなら何でも知っているさ。俺は1000年間、お前が歩いた後を追いかけてきた。もう他人という気がしないのさ。じゃあ、あばよ。イーヴォール。いい女だぜ。愛しているよ!」
兵士
「ール様……イーヴォール様……イーヴォール様……」
イーヴォールはようやく我を取り戻して、顔を上げた。いつの間にか気を失い、騎士達の列から外れてしまっていたようだ。兵士の1人が心配して駆け寄ってきたところだったようだ。
イーヴォールはエクスカリバーを確かめた。ちゃんと我が掌にある。すでに太陽は昇っていて、辺りは明るく浮かんでいた。
兵士
「どうなされました? 具合でも……」
イーヴォール
「……いや」
イーヴォールは平静を装い、列の先頭に戻った。
丘を抜けると、草原が広がった。東の空が白く浮かんでいる。しかし北へ目を向けると、そこは異様に暗く、不気味な気配がくっきりと形を漂っていた。
イーヴォールは周りに気取られないように、そっと胸を押さえた。心臓が弱く鼓動を打っていた。
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