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■2016/03/11 (Fri)
創作小説■
第6章 フェイク
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17
ツグミは美術倉庫を出て、書棚が並ぶ本屋に戻った。本屋の中を見回したけど、高田の姿はなかった。どこに行ってしまったのだろう。ツグミはモップ頭のバイト青年を振り返った。
モップ頭の青年は、無言で、店の外を指した。
ツグミは店の出口に向かった。狭い路地の、向こう側に高田がいた。こちらに背を向けて、うなだれている様子だった。
ツグミは杖を突いて本屋を出た。高田の背中に近付く。考えてみればエロ本屋に女性1人で残されるなんて、あまり気分がいいものじゃなかっただろうし、もしかしたら客の誰かに失礼な目に遭わされたのかも知れない。そう思うと、ツグミはまた高田に申し訳なく思った。
「高田さん、あの、終わりました。……大丈夫ですか」
ツグミは気を遣うような声で、高田に話しかけた。
高田がツグミを振り返った。ぱっと顔を見ただけで、不機嫌なのがすぐにわかった。
「終わりましたか。では、戻ります」
「すみません」
高田はすぐに歩き始めた。ツグミは高田の背中に頭を下げて、従いて行った。
ツグミと高田は、寄り道せずに駐車場に駐めた車のところへ行き、移動した。
高田はセダンのハンドルを握ると、ようやく機嫌を直したのか、ピリピリとした緊張感を解いた。
ツグミも気分を落ち着かせて、窓の外を眺めた。
窓の外の風景は、音を失ったように思えた。単に車の窓に遮られているだけだけど。人の足音も風の音も消えて、スクリーンに映した画像が流れ去っていくように見えた。
考えなければならない計画がいくつもあった。でも、ツグミが今できる行動はすでに終わっていた。後は待つだけ。考えようにも考える必要がなく、それでも考えようとしていたから、ただ空転するばかりだった。
セダンは元町から、湊川公園脇の静かな通りを駆け抜けていく。車道は賑やかだけど、歩道に人の姿は消えていく。間もなく兵庫区だ。
ツグミはそんな風景の移り変わりにも、注意が向かなかった。自分の考えに沈んでいて、静かに緊張していた。
セダンが妻鳥画廊に戻ってきた。妻鳥画廊の手前で停まっていたけど、ツグミはしばらく気付かなかった。
ツグミはセダンを降りて、妻鳥画廊に入った。高田はセダンを器用に操って、妻鳥画廊のガラス戸横の展示スペースに、隙間なくぴったりと貼り付くようにして駐めた。
画廊に入ると、テーブルの椅子に座っていた木野が、ぱっと立ち上がった。
「ツグミさん、絵は大丈夫でしたか?」
木野は不安そうな顔をしていた。木野もあの絵に何らかの価値があると、信じているのだ。
「はい。2日で直してくれるそうです」
ツグミは木野を安心させるつもりで、軽く微笑んで答えた。
しかし内心、後ろめたかった。私は今から警察の人を騙すんだ、と思うと気が重かった。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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