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■2009/10/01 (Thu)
映画:外国映画■
絵画は自由だ。そして、力を持っている。
画家は具象を自在に変形させ、キャンバスに自らの意識を刻印させる。
レンブラントは、成功した画家だった。
だから成功した者が誰もが抱く、うぬぼれと万能感を同時に持っていた。
それが、レンブラントを失墜へと導いていく。
レンブラントと妻のサスキア。二人は多くの肖像画、絵画の中に“出演”しているが、映画の俳優はよく似ている。
レンブラントはすでに成功した画家だった。
工房を構え、多くの弟子を抱え、いくつもの発注をこなしていた。
そんなレンブラントのもとに、大きな絵の依頼が舞い込んでくる。
市民隊隊長バニング・コックを中心とする、18人に及ぶ集団肖像画だった。
渋るレンブラントだったが、サスキアの勧めによって仕事を引き受ける決断をした。
仕事を引き受けるレンブラントだったが、なかなか構図が決められない。モデルに様々な格好、ポーズをとらせて試行錯誤する。
だがすぐには構図が決まらず、レンブラントは悩む。
18人の人物をどのように配し、描けば美しい絵画にまとまるのか。
そんなときに、事件は起きた。
市民隊の一人、ハッセンブルグが殺された。
訓練中の事故で、銃弾がハッセンブルグの右目を撃ちぬいたのだ。
同時に、レンブラントは市民隊に関わる、よからぬ噂を聞く。
団員が孤児院で、未成年を強姦をしているというのだ。
レンブラントは、集団肖像画をつかって、市民隊への告発を思いつく。
通常の映画と違い、グリーナーウェイ映画は、セットが一つしかないという事を隠そうとしない。むしろ、そうであることを特色としている。
ピーター・グリーナーウェイらしい映画だ。
グリーナーウェイ監督の作品は、映画から写実的な構造を破壊し、舞台演出的な構成を持ち込むことで自信の個性を刻印する。
カットで分割された時間的連続はなく、グリーナーウェイ映画では、舞台演劇のように、一つの舞台で時間と場所の凝縮が行われる。
レンブラント的な絵画の特徴を再現するカット。ただ、登場人物が多すぎて、頭に入りにくい。あくまでもレンブラントが何をしたか、何を絵画に込めたかを見るべき。
同時に、作品はレンブラントを題材にされている。
だから、構図の一つ一つはレンブラントの絵画を強く意識している。
どの場面も色彩はセピアにまとめられ、レンブラント・ライトと呼ばれるほのかな光線の中に浮かび上がり、ろうそくの明かりが役者の顔を染めている。
光と闇。群がる群衆の顔。
どれもレンブラント絵画に見られる特徴だ。
下のウェキペディアからのリンクを見てわかるが、実際の『夜景』は昼の光景を描いた明るい絵画だった。他にも、実際と会わない部分は多い。映画中では「すぐに捨ててしまおう」とあるが、実際には70年近く火縄銃手組合集会所に飾られていた。
映画は、レンブラントが大作『夜警』を完成させ、その後の失脚した理由を描く。
『夜警』はレンブラントの代表作であり、美術の教科書には必ず掲載される作品だ。
だが、レンブラントは『夜警』を切っ掛けに、なぜか仕事の発注がなくなり、築き上げた財産をなくしてしまった。
それは何故なのか?
映画の出来に不満の火縄中手組合。レンブラントを失脚させようと企む。しかしどう見ても、メイドの色仕掛けに引っ掛かって勝手に転落していっただけ。映画中の転落は監督の想像。実際は死後急速に批評家達に伝説化された作家で、生前から忘却が始まったわけではない。レンブラントが突然、画業を辞めてしまった理由は謎のままだ。
『夜警』は実に謎めいた絵画である。
精密な光を描いた作品だが、どの人物も光のあたり方、影の向きが違う。
最も大きな謎が、絵画の中央、やや左にいる女性だ。
周囲の男達に較べて極端に小さく、まるでスポットライトのような光が当てられている。
『夜警』は団員たちが帯びている品や、光や構図、その圧倒的印象にも関わらず、細部において不可解な部分が多い。
もし、この『夜警』に我々が知らない秘密が込められているとしたら?
映画は、『夜警』に込められた秘密に肉迫していく。
ウィキペディアの『夜警』へ
映画記事一覧
作品データ
監督・脚本:ピーター・グリーナウェイ
出演:マーティン・フリーマン エミリー・ホームズ
〇〇〇マイケル・テイゲン エヴァ・バーシッスル
〇〇〇ジョディ・メイ トビー・ジョーンズ
〇〇〇ナタリー・プレス ジョナサン・ホームズ
画家は具象を自在に変形させ、キャンバスに自らの意識を刻印させる。
レンブラントは、成功した画家だった。
だから成功した者が誰もが抱く、うぬぼれと万能感を同時に持っていた。
それが、レンブラントを失墜へと導いていく。
レンブラントと妻のサスキア。二人は多くの肖像画、絵画の中に“出演”しているが、映画の俳優はよく似ている。
レンブラントはすでに成功した画家だった。
工房を構え、多くの弟子を抱え、いくつもの発注をこなしていた。
そんなレンブラントのもとに、大きな絵の依頼が舞い込んでくる。
市民隊隊長バニング・コックを中心とする、18人に及ぶ集団肖像画だった。
渋るレンブラントだったが、サスキアの勧めによって仕事を引き受ける決断をした。
仕事を引き受けるレンブラントだったが、なかなか構図が決められない。モデルに様々な格好、ポーズをとらせて試行錯誤する。
だがすぐには構図が決まらず、レンブラントは悩む。
18人の人物をどのように配し、描けば美しい絵画にまとまるのか。
そんなときに、事件は起きた。
市民隊の一人、ハッセンブルグが殺された。
訓練中の事故で、銃弾がハッセンブルグの右目を撃ちぬいたのだ。
同時に、レンブラントは市民隊に関わる、よからぬ噂を聞く。
団員が孤児院で、未成年を強姦をしているというのだ。
レンブラントは、集団肖像画をつかって、市民隊への告発を思いつく。
通常の映画と違い、グリーナーウェイ映画は、セットが一つしかないという事を隠そうとしない。むしろ、そうであることを特色としている。
ピーター・グリーナーウェイらしい映画だ。
グリーナーウェイ監督の作品は、映画から写実的な構造を破壊し、舞台演出的な構成を持ち込むことで自信の個性を刻印する。
カットで分割された時間的連続はなく、グリーナーウェイ映画では、舞台演劇のように、一つの舞台で時間と場所の凝縮が行われる。
レンブラント的な絵画の特徴を再現するカット。ただ、登場人物が多すぎて、頭に入りにくい。あくまでもレンブラントが何をしたか、何を絵画に込めたかを見るべき。
同時に、作品はレンブラントを題材にされている。
だから、構図の一つ一つはレンブラントの絵画を強く意識している。
どの場面も色彩はセピアにまとめられ、レンブラント・ライトと呼ばれるほのかな光線の中に浮かび上がり、ろうそくの明かりが役者の顔を染めている。
光と闇。群がる群衆の顔。
どれもレンブラント絵画に見られる特徴だ。
下のウェキペディアからのリンクを見てわかるが、実際の『夜景』は昼の光景を描いた明るい絵画だった。他にも、実際と会わない部分は多い。映画中では「すぐに捨ててしまおう」とあるが、実際には70年近く火縄銃手組合集会所に飾られていた。
映画は、レンブラントが大作『夜警』を完成させ、その後の失脚した理由を描く。
『夜警』はレンブラントの代表作であり、美術の教科書には必ず掲載される作品だ。
だが、レンブラントは『夜警』を切っ掛けに、なぜか仕事の発注がなくなり、築き上げた財産をなくしてしまった。
それは何故なのか?
映画の出来に不満の火縄中手組合。レンブラントを失脚させようと企む。しかしどう見ても、メイドの色仕掛けに引っ掛かって勝手に転落していっただけ。映画中の転落は監督の想像。実際は死後急速に批評家達に伝説化された作家で、生前から忘却が始まったわけではない。レンブラントが突然、画業を辞めてしまった理由は謎のままだ。
『夜警』は実に謎めいた絵画である。
精密な光を描いた作品だが、どの人物も光のあたり方、影の向きが違う。
最も大きな謎が、絵画の中央、やや左にいる女性だ。
周囲の男達に較べて極端に小さく、まるでスポットライトのような光が当てられている。
『夜警』は団員たちが帯びている品や、光や構図、その圧倒的印象にも関わらず、細部において不可解な部分が多い。
もし、この『夜警』に我々が知らない秘密が込められているとしたら?
映画は、『夜警』に込められた秘密に肉迫していく。
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作品データ
監督・脚本:ピーター・グリーナウェイ
出演:マーティン・フリーマン エミリー・ホームズ
〇〇〇マイケル・テイゲン エヴァ・バーシッスル
〇〇〇ジョディ・メイ トビー・ジョーンズ
〇〇〇ナタリー・プレス ジョナサン・ホームズ
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