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■2009/10/02 (Fri)
創作小説■
この小説は、『さよなら絶望先生』を題材にした2次創作小説です。2次創作に関する法的問題については、こちらをご覧下さい。【著作物】【二次創作物】【パロディ】【パロディ裁判】
2
男爵の屋敷に入ると、私たちは客間へ案内された。客間は10畳ほどの空間で、ソファや円テーブルといったものがまとまりなく置かれていた。
私たちは客間へ入ると、まず部屋の整理をした。無造作に置かれている椅子を一箇所に集めて、全員が円の形に向き合える体勢にした。男爵は作業に加わらず、黒の革張りシングルソファに座り、私たちの作業を悠然と見ているだけだった。私たちは警戒を込めて、男爵から数歩ぶん離れて椅子を並べた。
椅子の整理が終わり、皆それぞれの席に座る頃、誰かがドアを開けて入ってきた。セーラー服姿の可符香……違う、可符香に似た少女だった。私たちはその姿を見ただけで、なんとなくざわっとしてしまった。
可符香に似た少女は、盆にカップを載せていた。可符香に似た少女は私たちの側までやってくると、中央に置かれたソファ用のテーブルにカップを並べた。赤い色を浮かべた紅茶が淹れてあった。私は可符香に似た少女が側に来たとき、思わず体を少し避けてしまった。可符香に似た少女は、そんな私に、無表情のまま微笑んだような気がした。
可符香に似た少女は、盆に載せたカップをすべてテーブルの上に置くと、盆を持ったまま男爵の座るソファの後ろに立った。
「安心したまえ。紅茶には何も入れていない。今は一時休戦だ」
男爵は私たちに微笑みかけた。だからといって、紅茶に手をつける女の子は誰一人いなかった。
「……まあ、それも個人の自由だ。好きにしたまえ。では、そろそろ話を聞こうか」
男爵は自分のカップを手に取り、糸色先生を振り向いて足を組んだ。
「失礼ですが、立ったままで喋らせてもらいます。いつも教壇で喋っている癖で」
糸色先生は側に半径の小さなサイドテーブルを置いて、男爵に断りを入れた。サイドテーブルはダークブラウンの木製で、落ち着きのある唐草模様の装飾が施されていた。サイドテーブルの上に旅行ケースを置く。糸色先生の後ろに、まといが曲線のある足を持った椅子に座っていた。
「いいとも。やりやすいようにしたまえ」
男爵が許可を与えて、紅茶を一口啜った。
「ありがとうございます。では、さっそく。いきなりですが、男爵。あなたの目論見を打ち砕いてみせましょう。あなたの目論みは、自分に罪が被らない方法で、それでいて一切の手を下さず私を殺すことでした。そのために、あなたは一人の少女を用意した。私のクラスの生徒、風浦可符香の双子の姉妹です。男爵、あなたは可符香とその少女を入れ替わらせ、私を殺した後に元に戻すつもりだった。計画通りに進めば、私は自分の生徒に殺されたことになり、糸色家の社会的地位はガタ落ちになります。しかし、私がもしその少女が可符香さんとまったくの別人であるという証拠を突きつければ、あなたの目論みは完全に無意味なものになります」
糸色先生は勢い強く、男爵に言葉を突きつけた。
可符香の姉妹? 私は糸色先生の言葉を聞いて、男爵の後ろに立った少女をじっと見詰めた。他の女の子たちも、同じように可符香に似た少女を見詰めていた。可符香に似た少女は、みんなの視線を受けながら、赤い瞳で糸色先生を見詰めていた。
「つまり、君はこの少女が何者であるかわかっている……。そういうことかね」
男爵はカップを後ろに立っている少女に手渡し、少し身を乗り出すように問いかけた。挑みかけるような低い声で、鋭い目で糸色先生を睨みつけていた。
糸色先生は男爵の視線を受けて、迷いなく頷いた。
「ええ。あなたは私の生徒に言ったそうですね。ある民族には名前を隠す風習がある、と。名前にはその人間の本質が込められ、名前を奪われることは魂を奪われることに等しい……。確かにその通りです。徒に名前を呼ぶものではありません。特に、名前が暗示催眠のトリガーになっている人は、必死で名前を隠すでしょう。だが今は明らかにさせてもらいますよ!」
糸色先生は可符香に似た少女を鋭く指でさした。
「赤木杏!
それがあなたの本当の名前です!」
これまでにない、強烈な声での宣告だった。
赤木杏の表情にはっとしたような驚愕が浮かんだ。その手から盆とカップが落ちた。カップが砕け、残っていた赤い液体が飛び散った。
赤木杏の凍りついた無表情に、生き生きとした躍動が与えられた瞬間だった。信じられないことに、真っ赤に輝いていた瞳が、急速に力を失って黒い色と混じり始めた。
それは、赤木杏の封印された魂がその身に戻り、暗示から解放された瞬間だった。“赤木杏”という名前で正しかったのだ。
次回 P073 第7章 幻想の解体3 を読む
小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
P072 第7章 幻想の解体
2
男爵の屋敷に入ると、私たちは客間へ案内された。客間は10畳ほどの空間で、ソファや円テーブルといったものがまとまりなく置かれていた。
私たちは客間へ入ると、まず部屋の整理をした。無造作に置かれている椅子を一箇所に集めて、全員が円の形に向き合える体勢にした。男爵は作業に加わらず、黒の革張りシングルソファに座り、私たちの作業を悠然と見ているだけだった。私たちは警戒を込めて、男爵から数歩ぶん離れて椅子を並べた。
椅子の整理が終わり、皆それぞれの席に座る頃、誰かがドアを開けて入ってきた。セーラー服姿の可符香……違う、可符香に似た少女だった。私たちはその姿を見ただけで、なんとなくざわっとしてしまった。
可符香に似た少女は、盆にカップを載せていた。可符香に似た少女は私たちの側までやってくると、中央に置かれたソファ用のテーブルにカップを並べた。赤い色を浮かべた紅茶が淹れてあった。私は可符香に似た少女が側に来たとき、思わず体を少し避けてしまった。可符香に似た少女は、そんな私に、無表情のまま微笑んだような気がした。
可符香に似た少女は、盆に載せたカップをすべてテーブルの上に置くと、盆を持ったまま男爵の座るソファの後ろに立った。
「安心したまえ。紅茶には何も入れていない。今は一時休戦だ」
男爵は私たちに微笑みかけた。だからといって、紅茶に手をつける女の子は誰一人いなかった。
「……まあ、それも個人の自由だ。好きにしたまえ。では、そろそろ話を聞こうか」
男爵は自分のカップを手に取り、糸色先生を振り向いて足を組んだ。
「失礼ですが、立ったままで喋らせてもらいます。いつも教壇で喋っている癖で」
糸色先生は側に半径の小さなサイドテーブルを置いて、男爵に断りを入れた。サイドテーブルはダークブラウンの木製で、落ち着きのある唐草模様の装飾が施されていた。サイドテーブルの上に旅行ケースを置く。糸色先生の後ろに、まといが曲線のある足を持った椅子に座っていた。
「いいとも。やりやすいようにしたまえ」
男爵が許可を与えて、紅茶を一口啜った。
「ありがとうございます。では、さっそく。いきなりですが、男爵。あなたの目論見を打ち砕いてみせましょう。あなたの目論みは、自分に罪が被らない方法で、それでいて一切の手を下さず私を殺すことでした。そのために、あなたは一人の少女を用意した。私のクラスの生徒、風浦可符香の双子の姉妹です。男爵、あなたは可符香とその少女を入れ替わらせ、私を殺した後に元に戻すつもりだった。計画通りに進めば、私は自分の生徒に殺されたことになり、糸色家の社会的地位はガタ落ちになります。しかし、私がもしその少女が可符香さんとまったくの別人であるという証拠を突きつければ、あなたの目論みは完全に無意味なものになります」
糸色先生は勢い強く、男爵に言葉を突きつけた。
可符香の姉妹? 私は糸色先生の言葉を聞いて、男爵の後ろに立った少女をじっと見詰めた。他の女の子たちも、同じように可符香に似た少女を見詰めていた。可符香に似た少女は、みんなの視線を受けながら、赤い瞳で糸色先生を見詰めていた。
「つまり、君はこの少女が何者であるかわかっている……。そういうことかね」
男爵はカップを後ろに立っている少女に手渡し、少し身を乗り出すように問いかけた。挑みかけるような低い声で、鋭い目で糸色先生を睨みつけていた。
糸色先生は男爵の視線を受けて、迷いなく頷いた。
「ええ。あなたは私の生徒に言ったそうですね。ある民族には名前を隠す風習がある、と。名前にはその人間の本質が込められ、名前を奪われることは魂を奪われることに等しい……。確かにその通りです。徒に名前を呼ぶものではありません。特に、名前が暗示催眠のトリガーになっている人は、必死で名前を隠すでしょう。だが今は明らかにさせてもらいますよ!」
糸色先生は可符香に似た少女を鋭く指でさした。
「赤木杏!
それがあなたの本当の名前です!」
これまでにない、強烈な声での宣告だった。
赤木杏の表情にはっとしたような驚愕が浮かんだ。その手から盆とカップが落ちた。カップが砕け、残っていた赤い液体が飛び散った。
赤木杏の凍りついた無表情に、生き生きとした躍動が与えられた瞬間だった。信じられないことに、真っ赤に輝いていた瞳が、急速に力を失って黒い色と混じり始めた。
それは、赤木杏の封印された魂がその身に戻り、暗示から解放された瞬間だった。“赤木杏”という名前で正しかったのだ。
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小説『さよなら絶望先生~赤い瞳の少女~』目次
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