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■2016/03/01 (Tue)
創作小説■
第6章 フェイク
前回を読む
12
ツグミは書いてある内容を理解するよりも先に、色々と考えを巡らせた。人質というのは間違いなくコルリを指しているのだろう。するとこれは、宮川からのメッセージだ。それをどうしてかな恵が持ってきたのだろう……。事態があまりにも複雑に絡んでいて、頭が痛くなりそうだった。
ツグミは改めて紙に書かれている文字を読んだ。見覚えのある筆跡だった。それに……。
ツグミは電話番号の最後に書かれているものを見て、全てを察した。
「う~ん」
椅子の背に体を預けて、思いきり全身を伸ばす。それから、天井を仰いだ。
理解するのは容易だったけど、受け入れるのはかなりの苦痛だった。これから何をするべきかが、頭の中で情報がガーッと渦を巻いていた。
憂鬱だけど、やらなくちゃ……。
ツグミは呼吸を1つ飲み込んで、視線を元に戻した。
まず用件が書かれた紙を小さく折りたたんで、ニーソックスに挟み込んだ。次に鋏を手に取り、その刃をキャンバスの麻布に引っ掛けた。
「かな恵さん、ごめん!」
さすがに耐えきれず、目を閉じた。麻布がびりっと避ける。ほんの端っこのほう。1センチにも満たない裂け目だ。しかし絵を台無しにしてしまった罪悪感は大きかった。
ツグミは絵画と杖を手に持った。廊下に出る時、ちょっと左右を確認する。高田と木野の気配はない。見られていた心配はなさそうだ。
ツグミは寝室に入り、衣装棚からトレンチコートを取り出し、羽織った。ポケットに小さなメモ帳とボールペンを押し込んでおく。
ふとトレンチコートの右ポケットに、何か入っているのに気付いた。宮川の車の中で描いた、あの絵だった。捨ててしまおうかと思ったけど、後回しにした。
ツグミは寝室を出て、階段の前まで進んだ。そこで足を止める。ツグミは心の準備をしようと、胸を押さえて1つ深呼吸をした。
ツグミは大袈裟に、ドタドタと音を立てて階段を下りた。わざとらしいかも知れないけど「わー!」と声を張り上げた。
すぐに、木野が廊下に飛び出してきた。
「どうしたんですか?」
「大変です! お客様の大事な絵を破いちゃいました!」
ツグミは慌てたふうを装って、木野に絵を見せてみた。
効果は抜群だった。端がほんの少し破けただけだが、木野の顔がはっきりと青ざめた。
「その絵……いくらするんですか」
「多分、400万円くらい……」
もちろん大嘘だ。模写がそんな値段になることは絶対にない。
高田も画廊から廊下に顔を出した。
「すぐに、知り合いの修復家のところに行きたいんですけど、時間がたつと、布の繊維も駄目になってしまいますから」
ツグミは高田を振り向いて、早口でまくしたてた。「布の繊維が……」というのも、やはり嘘だ。
「行きましょう。車で送ります」
高田は事態を理解したらしく、頷いた。
「お願いします」
木野に手助けされて、ツグミは靴を履いた。
次回を読む
目次
※ 物語中に登場する美術家、美術作品、美術用語はすべて空想のものです。
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