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■2015/07/19 (Sun)
創作小説■
第1章 最果ての国
前回を読む
誰もが戦の興奮をまだ体に残していて、疲れも涙も見せなかった。涙を見せるのは、ドルイドが派遣されてからだ――と誰もが胸中に心得ていた。
村の北側――森の手前であり、主な戦の舞台であるそこで、ネフィリムの黒い血が付いた麦を刈り込む作業が始まっていた。
石垣に沿うように作られた柵は、無残にも破壊され、麦畑の上に倒れている。ネフィリムの死骸がその中に転がっていた。ネフィリムは血も黒く、死体の周囲は真っ黒に沈み、昼の光に当てても色を浮かべなかった。
ネフィリムの血の付いた麦は、不浄であるので隔離した穴に入れて焼き払う。村人の死体と一緒に焼くと使者が魂へ行けないと考えられていたし、不浄の血が付いた麦を食べるなど論外であった。
ミルディも村人らに混じって、この麦を刈り込む仕事を手伝っていた。そうしながら、次々とやって来る仕事に、休みなく指示を与えていた。
今日の戦は大きなものになってしまった。ネフィリムの襲撃はあらかじめ察知していたが、怪我人は非常に多いし、死者も多く出してしまった。特に戦場となった麦の損害は大きく、畦道にどろりとした黒い血で溢れるほどだった。
ミルディ
「この一帯を刈らねばならぬな。土がこれでは数年芽をつけまい」
村人
「…………」
ミルディ
「大丈夫です。少し毒気に晒されましたが、全てが汚染されたわけではありません。近隣の村に助けを要請して、来年、南側を開墾しましょう」
村人
「それにしても、奴らはいったいどこからやってくるんだ。次から次へと。あの世かからか?」
語り部老人
「わからん。ネフィリムはずっと昔からいる。爺さんの爺さんの代から、ずっと語り物の中に登場して、人間を憎み、危害を加えている。でもそれよりずっとずっと前になると、ネフィリムの話は1つも出てこん。かつて、ネフィリムのいない時代もあったのさ」
ミルディ
「ネフィリムが来たのはずっと南の方です。南からやってきて、この最果ての地に留まった」
村人
「南? 南には何があるんだ」
村人
「ロマリアか? ブリタニアか? ローマか?」
語り部老人
「エルサレムじゃよ」
村人
「あそこは神聖な場所なんだろ。色んな神が祀られているって聞いたぞ」
ミルディ
「そう伝わっています。この世でもっとも血なまぐさい場所だとも。救世主とそれを支持する者達で、何度も虐殺が行われた場所だとも」
村人
「最果ての地の田舎者には、わからん話か……」
語り部老人
「古い語り手ならば、奴らが渡ってきた時の物語を知っていたかもしれない。だが語り手たちは今や絶えようとしている。わしらには何もわからん」
ミルディ
「物語は私たちが引き継ぎますよ。こんな暗い時代でなければ、話のひとつひとつに耳を傾け、余さず記憶します」
語り部老人
「そんな時代が早く巡ってくるといいがな」
村人
「それにしたって、妙だ。奴らは海を越えられないのに、どうしてこの地を見付けられたんだろう。この地でなければならない理由はなんだ?」
ミルディ
「きっと理由があるのですよ。この地ではならない何かが……」
子供
「ミルディ様! ミルディ様!」
子供が駆け寄ってくる。
ミルディ
「なんですか」
子供
「ドルイド様が来ました。村の外で待っています!」
村の入口。
小さな東屋は、古い材木に、粗末な茅葺きの屋根を乗せただけのものだった。村人らがこの東屋を取り巻いて、囁きあったり、拝んだりしている。
ミルディがやってくると、村人らが道を空けて、東屋まで導いた。
小さな茅葺き屋根の下に、老人が立っていた。老人はミルディがやってくると、頭を覆っていた頭巾を取り払った。灰色のローブを身にまとい、胸まで白い髭を茂らせた老人だった。
ドルイド僧だ。ミルディは老ドルイド僧の前に進み出て、まず会釈する。
ミルディ
「よくぞ来てくれました」
老ドルイド僧
「務めを果たしに来ただけじゃ。まずは、村の中にいれてくれるかのぉ」
ミルディ
「どうぞ」
老ドルイド僧が村の中へ入っていく。ミルディが後に続いた。村人らが少し遠巻きにして、ぞろぞろと老ドルイド僧とミルディの後に従いて行く。
老ドルイド僧は案内されるまでもなく、戦の中心部へ向かった。足下はどろりとした黒い血に覆われて、刈り取られた麦が灰色の煙を噴き上げている。刈り取り作業をやっていた村人らが、ドルイド僧がやってくるのに気付くと、作業の手を止めて、膝を着いた。
老ドルイド僧が静かに祝詞を唱え始める。村人らが膝を着き、押し黙った。祝詞の声が、静かに、朗々と村に満ちていく。
やがて、風の音に嗚咽が混じり始めた。戦の終わりが告げられ、哀しみがじわりと村を覆い始める。村人らは老ドルイド僧の死者を弔う歌声に、静かに耳を傾けた。
祝詞は始まったときのように、静かに終わった。しばしの沈黙が続く。老ドルイド僧は混沌の中心に向かって、深々と頭を上げた。太陽の煌めきが一層強くなり、戦場を浄化するように辺りを照らした。
老ドルイド僧
「死者に安らかな眠りを。命ある者に再生を」
ミルディ
「ありがとうございます。死んでいった者たちも報われます」
老ドルイド僧
「報われるかどうかは、生き残った者達の今後の働きによって現れる。わしがここにやってきたのは、その生き残った者達を導くためじゃ」
ミルディ
「何か知恵を?」
老ドルイド僧
「この近くにネフィリムの巣穴が発見された。討伐に出られる者は手を貸して欲しい」
次回を読む
目次
前回を読む
2
午後になる頃には、戦の後始末が始まった。破壊された家の修繕が進められ、戦死者の遺体が村の裏手に集められる。女たちが怪我人の治療に奔走していた。誰もが戦の興奮をまだ体に残していて、疲れも涙も見せなかった。涙を見せるのは、ドルイドが派遣されてからだ――と誰もが胸中に心得ていた。
村の北側――森の手前であり、主な戦の舞台であるそこで、ネフィリムの黒い血が付いた麦を刈り込む作業が始まっていた。
石垣に沿うように作られた柵は、無残にも破壊され、麦畑の上に倒れている。ネフィリムの死骸がその中に転がっていた。ネフィリムは血も黒く、死体の周囲は真っ黒に沈み、昼の光に当てても色を浮かべなかった。
ネフィリムの血の付いた麦は、不浄であるので隔離した穴に入れて焼き払う。村人の死体と一緒に焼くと使者が魂へ行けないと考えられていたし、不浄の血が付いた麦を食べるなど論外であった。
ミルディも村人らに混じって、この麦を刈り込む仕事を手伝っていた。そうしながら、次々とやって来る仕事に、休みなく指示を与えていた。
今日の戦は大きなものになってしまった。ネフィリムの襲撃はあらかじめ察知していたが、怪我人は非常に多いし、死者も多く出してしまった。特に戦場となった麦の損害は大きく、畦道にどろりとした黒い血で溢れるほどだった。
ミルディ
「この一帯を刈らねばならぬな。土がこれでは数年芽をつけまい」
村人
「…………」
ミルディ
「大丈夫です。少し毒気に晒されましたが、全てが汚染されたわけではありません。近隣の村に助けを要請して、来年、南側を開墾しましょう」
村人
「それにしても、奴らはいったいどこからやってくるんだ。次から次へと。あの世かからか?」
語り部老人
「わからん。ネフィリムはずっと昔からいる。爺さんの爺さんの代から、ずっと語り物の中に登場して、人間を憎み、危害を加えている。でもそれよりずっとずっと前になると、ネフィリムの話は1つも出てこん。かつて、ネフィリムのいない時代もあったのさ」
ミルディ
「ネフィリムが来たのはずっと南の方です。南からやってきて、この最果ての地に留まった」
村人
「南? 南には何があるんだ」
村人
「ロマリアか? ブリタニアか? ローマか?」
語り部老人
「エルサレムじゃよ」
村人
「あそこは神聖な場所なんだろ。色んな神が祀られているって聞いたぞ」
ミルディ
「そう伝わっています。この世でもっとも血なまぐさい場所だとも。救世主とそれを支持する者達で、何度も虐殺が行われた場所だとも」
村人
「最果ての地の田舎者には、わからん話か……」
語り部老人
「古い語り手ならば、奴らが渡ってきた時の物語を知っていたかもしれない。だが語り手たちは今や絶えようとしている。わしらには何もわからん」
ミルディ
「物語は私たちが引き継ぎますよ。こんな暗い時代でなければ、話のひとつひとつに耳を傾け、余さず記憶します」
語り部老人
「そんな時代が早く巡ってくるといいがな」
村人
「それにしたって、妙だ。奴らは海を越えられないのに、どうしてこの地を見付けられたんだろう。この地でなければならない理由はなんだ?」
ミルディ
「きっと理由があるのですよ。この地ではならない何かが……」
子供
「ミルディ様! ミルディ様!」
子供が駆け寄ってくる。
ミルディ
「なんですか」
子供
「ドルイド様が来ました。村の外で待っています!」
村の入口。
小さな東屋は、古い材木に、粗末な茅葺きの屋根を乗せただけのものだった。村人らがこの東屋を取り巻いて、囁きあったり、拝んだりしている。
ミルディがやってくると、村人らが道を空けて、東屋まで導いた。
小さな茅葺き屋根の下に、老人が立っていた。老人はミルディがやってくると、頭を覆っていた頭巾を取り払った。灰色のローブを身にまとい、胸まで白い髭を茂らせた老人だった。
ドルイド僧だ。ミルディは老ドルイド僧の前に進み出て、まず会釈する。
ミルディ
「よくぞ来てくれました」
老ドルイド僧
「務めを果たしに来ただけじゃ。まずは、村の中にいれてくれるかのぉ」
ミルディ
「どうぞ」
老ドルイド僧が村の中へ入っていく。ミルディが後に続いた。村人らが少し遠巻きにして、ぞろぞろと老ドルイド僧とミルディの後に従いて行く。
老ドルイド僧は案内されるまでもなく、戦の中心部へ向かった。足下はどろりとした黒い血に覆われて、刈り取られた麦が灰色の煙を噴き上げている。刈り取り作業をやっていた村人らが、ドルイド僧がやってくるのに気付くと、作業の手を止めて、膝を着いた。
老ドルイド僧が静かに祝詞を唱え始める。村人らが膝を着き、押し黙った。祝詞の声が、静かに、朗々と村に満ちていく。
やがて、風の音に嗚咽が混じり始めた。戦の終わりが告げられ、哀しみがじわりと村を覆い始める。村人らは老ドルイド僧の死者を弔う歌声に、静かに耳を傾けた。
祝詞は始まったときのように、静かに終わった。しばしの沈黙が続く。老ドルイド僧は混沌の中心に向かって、深々と頭を上げた。太陽の煌めきが一層強くなり、戦場を浄化するように辺りを照らした。
老ドルイド僧
「死者に安らかな眠りを。命ある者に再生を」
ミルディ
「ありがとうございます。死んでいった者たちも報われます」
老ドルイド僧
「報われるかどうかは、生き残った者達の今後の働きによって現れる。わしがここにやってきたのは、その生き残った者達を導くためじゃ」
ミルディ
「何か知恵を?」
老ドルイド僧
「この近くにネフィリムの巣穴が発見された。討伐に出られる者は手を貸して欲しい」
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