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■2010/04/10 (Sat)
シリーズアニメ■
第1話 救出行
三好葵は腕時計のスイッチを押した。秒針が時を刻み始める。
上海の都市は濃い霧に包まれていた。真夜中に関わらず煌々と瞬く光が、霧に霞んで都市を幻想的な手触りに変える。
周囲四方は人の影もなく、静かに沈黙していた。そんな最中を、男が気配を潜ませながら歩いてくる。
三好は目印代わりにヴァイオリンを弾いた。男はヴァイオリンの音を頼りにこちらに向かってきた。
建物の陰に隠れ、慎重に中の様子を覗きこむ。ようやく誰もいないと察して、男は建物の中に入ってきた。
三好はヴァイオリンの演奏をやめた。男は抜け殻の部屋をいくつか潜り抜けて、その向うのテラスに出た。三好は男を待ち受けて、ヴァイオリンの弦を引っかいた。ぐりぐりと、耳障りな音を発する。
「やめろ!」
男は耳を押さえ、中国語で怒鳴った。
「ご挨拶じゃないか。待っててやったんだぞ。今夜は忙しいんだ」
三好は演奏を止めて男に軽く応じた。
「気付いたいたのか。お前を追っていたことを……」
男の顔に狼狽が浮かんだ。
「元は言えば、あんたを探っていたのはこっちだからね。動きはお見通しってとこかな?」
「お前、何者だ。日本軍の工作員か」
男に警戒心が戻ってきた。
「まあ、そういうところだ。あんたが地方の軍閥、“劉宗武”の一派だと知って探っていた。まあ、待てよ。ところがとんだ見込み違いだ。あんた、軍需物資の調達を請け負っていただけらしいな。つまり、劉の商売相手だ。俺は鏑木財閥の会長が誘拐された一件を探っていたんだ。あんたは関係ないからもう興味はない。そっちも俺に付きまとわないでくれ」
「黙れ! わかってるんだ。お前たちがこちらの動きを潰そうとしているのは」
男は拳銃を三好に向けた。
「え、待てよ。何か勘違いしているんじゃ……」
三好は慌てて男を留めようとした。
「うるさい!」
男が引き金を引いた。乾いた音が静寂に木霊する。しかし銃弾は、三好から大きくそれて足元を弾いた。
三好が空を飛んだ。男の背後に着地する。
男は振り返り、三好に銃を向けた。だが不可思議な力が男を押しのけた。男は部屋の中を通り抜け、さらに向こう側に吹き飛ばされた。
三好が男を追いかけ、その腕を掴んだ。部屋の向うには何もなく、奈落が落ちているだけだった。都市を包んでいた霧が晴れかけて、はるか下に見える地面を浮かび上がらせた。男は右脚を部屋の端に乗せて、三好に腕をつかまれているだけで重心は空中にあった。
男の顔に怯えが浮かんでいた。得体の知れないものを見る目で三好に銃を向けていた。
「悪いな。突然だと加減が難しいんだ」
三好は男を警戒しつつ、余裕の笑いを浮かべた。
「お、お前何を……」
男の声が引き攣っていた。
「またあんたに興味が出てきた。勘違いの元について、ちょっとだけ話し合う気はないか?」
三好は男に顔を近づけて、にやりと微笑んだ。
「あ……ある」
男は引き攣る声で答え、頷いた。
鏑木会長が地方軍閥である劉宗武の一味に誘拐された。鏑木会長は日本の軍事兵器を扱っている財閥のトップだ。劉宗武は国民党に対抗するために、鏑木会長の身代金代わりに最新の兵器を要求していた。
事件はすでに国家レベルの規模に発展している。そこで桜井信一郎が主催する『桜井機関』は事件解決のために4人のスパイを放った。三好葵、伊波葛、苑樹雪菜、鍵谷棗の4人である。
三好たちは上海の一角に潜伏する劉宗武のアジトを特定し、そこから飛び出した車両を追跡し取り押さえるが囮だった。すでに鏑木会長は別の場所へ運ばれてしまっていた。
鏑木会長の居場所は劉宗武軍の本拠だった。南京の東の田舎で、2000人規模の軍団を結集していた。
ここで劉宗武側が交渉人を通じて要求の変更が提示された。武器ではなく、金をよこせ、と。
しかし劉宗武には金を容易に兵器に変えるツテはないはず。何かしこりのようなものを感じながら、三好たちは鏑木会長救出作戦を模索した。
夜になり、三好と伊波の二人はパラシュートを使って密かに劉宗武本拠地へと潜りこんだ。その後、三好と伊波は劉宗武の仲間の振りをして堂々と潜入し、配膳係を装って鏑木会長が隔離されている塔へ入った。
鏑木会長に対面した三好と伊波は、鏑木会長が劉宗武と取引したことを問い詰める。鏑木会長は自分のところで、兵器の調達を引き受けると劉宗武と契約していた。こんな間際に関わらず、鏑木は誘拐犯相手に商売していたのだ。
三好と伊波は鏑木会長を殴り倒し、「いきなり倒れた。軍医のところに連れて行く」と塔から脱出する。しかし間もなく潜入がばれて攻撃が始まった。三好と伊波は向ってくる劉宗武軍に応戦しながら、秘密の地下通路のある場所へと向った。
その時、国民党の攻撃が始まった。激しい砲撃に地下通路の入口が破壊されてしまう。三好と伊波は脱出の手段をなくしてしまった。
仕方なく伊波はテレポートの能力を使い、際どく劉宗部軍本拠地から脱出した。
◇
1931年(昭和6年)……。第1次世界大戦が終わって間もない時期であり、世界はアメリカ発の大恐慌に喘いでいた。そんな最中、世界の影響を受けずに狂い咲きしている都市がアジアの一画にあった。それが上海である。
上海は1840年の阿片戦争を切っ掛けにイギリスのバンドが成立し、その後、日本、アメリカ、フランスといった国々が次々と集ってバンドを作った都市である。当時の中国は、銀本位制のシステムを独自に制定していたために世界恐慌の影響を受けず、一躍世界の中心地として注目されたのである。だから各国のバンドが集る上海は、局所的な発展をとげたというわけである。
外国語が飛び交うアニメ。言語指導や翻訳の手間があり、なかなかここまでこだわるアニメは少ないのだが、それだけにしっかり描こうという姿勢を感じる。
第1次世界大戦が終結したが、まだ深い渾沌の中を漂っている時代。中国、ソ連、アメリカ、ドイツといった国々がそれぞれの立場で権益を主張し決して譲らず、ソ連や中国といった国では共産主義という新しい思想が勢力図を変えようと動き始めている。
『閃光のナイトレイド』はそんな時代を舞台に活躍するスパイたちの物語だ。映像はテレビアニメーションとしては規格外のディティールでその時代の空気と空間を濃密に描き出している。どこまでも詳細に描かれた背景美術。カット一つ一つに細かな光処理や霧吹きが施され、臭い立つような奥行きが表現されている。
キャラクターたちはそんな世界背景に対して主張しすぎず、むしろ埋没するように描かれている。どのキャラクターもその世界観における原則に反することなく、その時代の小物や衣装を身にまとっている。
それでも活劇が始まると映像はダイナミックに飛躍し、キャラクターたちは異能の力を発揮して力強く際立ち始める。
およそ80年前の世界が背景になっている。現代人には馴染みがなく、細かい政治的背景などわかりにくい部分は多い。もしかすると、このわかりにくさが足枷になるかもしれない。
『閃光のナイトレイド』の物語はほとんど説明がないままにスタートする。主人公たちが何者か、どんな組織に属していて、どんな力を持っているのか。そうしたパーソナル的な部分が一切解説されず、いきなり世界が提示され事件が始まる。見ている側として何が起きたのか、何が起きようとしているのかわからず、唐突としか言いようがない。
ただ映像だけが見る者の眼前に現われ、その強烈な印象に圧倒される。やがて映像の魅力に、意識は作品世界の中に埋没していき、物語への疑問はしばし忘れ、主人公たちの鮮やかな活劇に思いを委ねる。
物語は冒頭から急転直下の勢いで流れていく。すでに事件の渦中であり、物語に必要な前提は提示し終わった、ということになっている状態である。それぞれの勢力があり、それぞれの主張があって主人公たちが事件解決のために乗り出そうとしている。といっても小さな事件ではなく、シリーズ一本分くらいありそうなディティールが30分の中に濃厚に押し込められ、瞬く間に解決してしまう。一度見ただけでは全て了解できない圧倒するものが『閃光のナイトレイド』にはある。
映像への信頼と自信がなければそうそうできない演出であるし、『閃光のナイトレイド』は難しい課題を見事にクリアして独自の魅力を放っている。
アクションは少し控えめに見えてしまう。一つ一つの動きに捉われて、緩慢な印象だ。人や物の動線がわかりにくい構図が原因だろう。リアルに作る必要はないが、思い切った動きとカメラワークが見たいところだ。
『閃光のナイトレイド』は昨今のアニメには珍しく、一つの時代と風景をしっかり捉え、忠実に描き出そうという精神で描かれている。単に画像的な風景だけではなく、政治的背景まで考証的な裏付けを持ち、その上でキャラクターたちを創造的な発想で描いている。
1930年代の上海は、おそらくこれまでアニメに描かれなかった舞台であろうし、スパイものというジャンルもひょっとすると初めてかもしれない。
今、アニメの世界で主流になっているのは、いかに安易に描けるか、である。物語の背景となる世界をおざなりに描き、キャラクターの特徴は他作品でよく見かける言語イメージをカスタマイズして作っただけで独創や挑戦はどこにもない。机の上だけでいかに早く、簡単に、そこそこに黒字出せるものが作れるか。安易に考えて安易に作る。小さな市場の中で競い合って作品自体も小さく縮みかけている。
そんな最中だからこそ、『閃光のナイトレイド』の印象はより強く輝きだす。夜の闇を照らす、上海のネオンサイトのように。
◇
事件の後、三好葵は桜井信一郎と落ち合った。
「劉一派の情報を、国民党に流しましたね」
三好は牽制するように尋ねた。劉宗武軍本拠地を襲った国民党の爆撃のことだ。
「国民党にとっても、劉は邪魔な存在だったからね。内と外、両面から揺さぶれば攻略はたやすい」
桜井は好々爺の調子で語り始めた。
「親切な話ですね。日本とは微妙な関係にある国民党に……」
「国是に反してはおらんよ。東アジアの安定と繁栄は理想だよ」
桜井が三好を振り返って答えた。
「……俺たちの目撃者を消すのが目的じゃないんですよね?」
三好は試すように、声のトーンを落とした。
すると桜井は、にやりと微笑んだ。
「察しがいい。期待通りだ。君たちの力はそれ自体、国家機密だ。目撃者全員が死ななくとも、秘密が漏れる確率は少しでも減るほうがいい」
桜井の顔に油断ならない影が現れていた。
三好はさらに何か言おうと口を開く。しかし桜井が遮るように話を続けた。
「君の胸に収めておけ。あの際、仕方ない。田舎軍閥とはいえ、兵隊はどこで死ぬかわからんものだよ。ご同様だよ。君たちや、僕も。そうは思わんかね。まあ、おかげで君らのいう要請を上層部に渡らせることができた。三方両得。今度の件がいい口実になったわけだよ。上にも国民党にも。そして、我々桜井機関にとってもな」
桜井は立ち上がり、三好に笑いかけた。
三好は桜井の前に進み出て、内ポケットからメモ用紙を引っ張り出した。
「いや、余禄はありますよ。鏑木会長のポッケから失敬しました。劉が鏑木財閥に発注した兵器の目録らしいですよ」
「なるほど。これは色々と使えそうだな。だが、なぜ僕に渡す気になったのかね?」
桜井はメモを受け取り、不思議そうに顔を上げた。
「味方と敵の両方に武器を売る鏑木のほうがよけい腹が立つ。あなたよりね」
三好は平然とした語り調子で、怒りを込めた。
桜井は「ふむ」とメモに一度目を落とし、懐にしまい込んだ。
不意に、三好が笑った。桜井は顔を上げて三好の顔を見た。今度は二人で笑った。
「君にはこれ以上、嫌われないようにしたいね」
桜井は愉快そうに言ってその場を去った。
三好は1人きりで桜井を見送る。
「……食えない手合いばかりじゃないか。確かに、魔都だね」
三好は静かに呟き、ふわっと欠伸を漏らした。
閃光のナイトレイド 公式ホームページ
作品データ
監督:松本淳
キャラクター原案:上条明峰 キャラクターデザイン:佐々木啓悟
メインライター:大西信介 メカ・プロップデザイン:常木志伸
美術監督:谷岡善王 美術設定:金平和茂
音楽:葉加瀬太郎 門倉聡 音響監督:山田稔
撮影監督:那須信司 助監督:ヤマトナオミチ 色彩設計:中島和子
中国語指導:任暁剛 中国語翻訳:毛淑華
原作・アニメーション制作:A-1 Pictures
出演:吉野裕行 浪川大輔 生田善子 星野貴紀 大林隆介
〇 鏑木洋三 石原凡 篠原佐和 任暁剛
〇 凌慶成 斉中凌 国本直樹
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